ABC予想という数学の問題を知っていますか?
現代数学最大の難問とも呼ばれていた数学の難題です。
そのABC予想を京都大学の望月教授が、IUT理論という新しい数学を使って証明したことが濃厚になってきました。
実は、望月教授がABC予想を証明したと発表したのは2012年のこと。
それが今(2020年)になって正しそうだと認められるようになったのは何故でしょう。
そして、ABC予想、IUT理論とは、一体どんなものなのでしょうか。
ABC予想とは何か?
ABC予想は、 “ジョゼフ・オステルレ” と “デイヴィッド・マッサー” が1985年に提起した数学の予想です。
数論の根底にかかわるような予想で、これが正しければ沢山の未解決問題が解決できるとされています。
数学での予想とは何か
最初にABC予想の「予想」とはどんなものか説明してみます。
数学の世界では「正しそうだけど証明できていない問題」を「予想」と呼びます。
予想を証明(または否定)しようとする過程で多くの発見があり、数学が進歩していきます。
有名なものでは、1995年に証明された「フェルマーの予想(定理)」があります。
予想されてから350年以上も未解決だった大問題です。
リーマン予想、ゴールドバッハの予想、P≠NP予想など、未解決の予想はまだまだ沢山あります。
ABC予想の表現
ABC予想とはどんなものでしょうか。
簡単に説明してみます。
自然数a,b,cについて
『a + b = c(aとbは互いに素)のとき、a × b × c の根基を d とすれば、大抵の場合は c < d となる』
これがABC予想です。
こう書くとなんだか難しそうな気がしますが、実際に計算してみると簡単なので後で実例を示します。
ちなみに、
「互いに素」というのは共通の約数を持たないことです。
「根基」は素因数分解したときに出てくる素数をかけたものです。
根基の計算例を挙げると、36は素因数分解すると36=22×32、出てくる素数は2と3なので根基は2×3=6になります。
素因数分解の何乗という部分を無視して計算したものだと思えばいいでしょう。
さっそく簡単な計算をしてみます。a=3、b=5の場合を考えましょう。
a = 3、b = 5
c = 3 +5 = 8
a × b × c = 3 × 5 × 8 = 120
120 = 23 × 3 × 5
d = 2 × 3 × 5 = 30
8 < 30
よって、c < d
言葉で説明するとややこしいですが、素因数分解ができれば簡単に計算できることがわかるでしょう。
大抵の場合とは
気になるのは「大抵の場合はc<dとなる」という部分です。
絶対にc<dになるという訳ではなく例外はあることを認めています。
例外として、a=1、b=8の場合を見てみましょう。
a = 1、b = 8
c = a + b = 9
a × b × c = 1 × 8 × 9 = 72 = 23 × 32
d = 2 × 3 = 6
9 > 6
よって、c > d
c>dになっているので、例外だとわかります。
例外はあるけども、大抵の場合はc<dになるという予想なのです。
大抵の場合を数学的に表すと、dを少し大きくした数d1+ε(εは微少な数)を使って
「c<d1+εとなる組み合わせは有限個しかない」
と表すことが多いようです。
a+b=cになる自然数の組み合わせは無限にありますが、その中でc<d1+εとなるものは有限個しかないのなら、ほとんどないと言えるでしょう。
ABC予想の意味合い
a,b,cが自然数ではなく、関数(多項式)の場合は、c<dが成り立つという ”メーソン・ストーサーズの定理” が 1981年に発表されています。
ABC予想は、その自然数版です。
関数では必ず c<d ですが自然数にすると例外があることはわかっています。
そこで、
「c<d1+εとなる組み合わせは有限個しかない」
という形にしたのがABC予想です。
ABC予想の意義
ABC予想は、a+b+cという足し算の結果と、a×b×cという掛け算の結果の性質の間の関係を表したものです。
足し算と掛け算、小学校で習う簡単なものですが、実はその関係は非常に複雑で難しい問題なのです。
数学の多くの未解決問題は、足し算と掛け算の関係の難しさが原因で証明できていないのです。
その根底にあるのがABC予想だと思ってください。
未来から来た論文
京都大学の望月教授は、2012年に「ABC予想を証明した」という4編の論文をホームページ上に公開しました。
そこで使ったのが、独自に編み出した「宇宙際タイヒミューラー理論(Inter-universe Teichmüller Theory)」略して「IUT理論」という新しい数学です。
考え方があまりに斬新だったため「未来からきた論文」とも呼ばれました。
宇宙際タイヒミューラー理論とは
宇宙際タイヒミューラー理論というのはかなり奇抜な名前です。
後半部の「タイヒミューラー理論」というのは ”オスヴァルト・タイヒミュラー” が生み出した数学理論からとっています。
その前の宇宙際とは一体なんでしょう。
数学では、議論をする領域のことを宇宙(Universe)と呼びます。
そこに際(Inter)がついています。
国際的(Intenational)の際(Inter)です。
宇宙を超えた、宇宙間の関係のようなものを表す理論という意味合いです。
通常の数学がひとつの宇宙の中で問題を解くのに対し、IUT理論はふたつの宇宙で問題を解くというイメージでしょうか。
IUT理論の難しさ
望月教授の論文は、IUT理論を使ってABC問題を証明したものですが、IUT理論自体が望月教授が作り出した誰も知らない数学です。
ですから、まずはIUT理論を理解しなければいけません。
論文は全部合わせると600ページにも及ぶ膨大なものです。
引用している論文を合わせれば1000ページくらい読まないといけません。
ちなみに、1995年の ”アンドリュー・ワイルズ” がフェルマーの最終定理を証明した論文は、現代数学の最先端を駆使した超大作ですが、それでも129ページです。
馴染みのない新しい概念の論文を、これだけ読んで理解することは数学者でも非常に難しいのです。
ホームページでの公開から7年以上経っていますが、まだ数学者の間でのコンセンサスは得られていないようです。
査読終了
それでも正しそうだと言われているのは、論文の査読が終了したというニュースが流れたからです。
この論文は、望月教授自身が編集長になっている『Publications of the Research Institute for Mathematical Sciences(PRIMS)』という雑誌に投稿されました。
数学の論文は、投稿すれば雑誌に掲載されるというものではありません。
査読というシステムがあります。
その分野に詳しい数学者がチェックして「正しいだろう」と判断したものしか掲載されません。
でもIUT理論は数学者と言えども中々理解できないので査読にも時間がかかります。
ABC予想の証明の論文は、公開から7年半という長い時間を経て、2020年4月3日にやっと査読が終了しました。
査読者は秘密扱いで、論文執筆者は誰が査読しているのか知りません。
PRIMSは望月教授が編集長を務めている雑誌ですが、査読者の選定には望月教授は全くかかわっていません。
査読終了でABC問題は解けたと言っていいのか
当然ですが望月教授本人はABC問題を証明したと確信しているでしょう。
望月教授以外にもこの理論を理解している人たちもいて、彼らも証明できたと思っているはずです。
そして査読者も認めました。
でも彼らも人間です。
もしかしたらどこかに見落としがあるかもしれません。
望月論文自体は2012年に公開されているので、数学者たちはそれを読んで検討する時間があったのですが、前にも書いたようにコンセンサスは得られていません。
論文に掲載された後も他の数学者たちのチェックを受けて、初めて「ABC問題が証明された」ということになるのでしょう。
ちなみに、望月教授の4編の論文は下記リンクで読めます(PDF)。
間違いがないかチェックしてみてはどうでしょう?笑
・INTER-UNIVERSAL TEICHMULLER THEORY I
・INTER-UNIVERSAL TEICHMULLER THEORY II
・INTER-UNIVERSAL TEICHMULLER THEORY III
・INTER-UNIVERSAL TEICHMULLER THEORY IV
IUT理路を知りたい人は
IUT理論がどんなものか知りたい方に、一般向けのIUT理論解説書『宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃』をお勧めします。
東京工業大学の加藤文元教授が、2017年に「MATH POWER 2017」で好評をはくしたIUTの講演を元に書き下ろした、IUT理論の唯一の解説本です。
数学の解説本でここまでわかりやすい本はないと思えるくらいなので、数学が苦手な人でも面白く読む進められること間違いなしのおすすめ本です。
≫フェルマー最終定理とは? 証明される前から定理と呼ばれた大予想
≫数学者も悩んだ確率の話 モンティー・ホール問題を解説してみた
≫宿題しただけなのに大偉業? 数学者ダンツィーグの嘘のような逸話