「飛行機が飛ぶ原理、仕組み、理由は、まだ完全には解明されていない」
そういう話を聞いたことはありませんか?
この飛行メカニズム不明説はウェブサイトでもよく目にしますが、現代科学でも説明できないというのはちょっと信じがたい気もします。
実際のところはどうなのでしょう?
飛行機が飛ぶ原理は流体力学という学問の範疇
飛行機が空を飛べるのは、機体を持ち上げるだけの力(揚力)が翼に働くからです。
そのため「飛行機が飛ぶ仕組みがわからない」というのは「どのようにして揚力が働くのかわからない」という意味で使われています。
この揚力発生のメカニズムは、空気や水などの流体の流れを取り扱う「流体力学」という理論の範疇です。
もし流体力学を使って翼の周りの空気の流れを計算し、揚力が発生することが導かれ、それが実際の揚力と合致していれば「飛行機が飛ぶ仕組みはわかっている」と言えるでしょう。
そうでなければ「飛行機が飛ぶ仕組みはわかっていない」ということになります。
ナビエ・ストークスの式
流体力学の基礎方程式は ”ナビエ・ストークスの式” と呼ばれるものです。
流体の運動を、運動量保存則と質量保存則(流体が消えたり突然現れたりしない)を満たすように表したものなので、これが間違っていると物理全体が崩壊してしまいます。
飛行機という実用技術ですから、実験結果は豊富にあります。もしその結果を説明できないのであれば、理論が間違いだということになってしまいます。
物理を揺らがせる大問題です。
ナビエ・ストークスの式の難しさ
実はナビエ・ストークスの式は非線型偏微分方程式という扱いにくく難しい式になっています。
飛行機の翼まわりの空気の流れに、ナビエ・ストークスの式をそのまま適用して計算することはとんでもなく難しいのです。
方程式を解くことはできませんし、コンピューターを使ったシミュレーションすら大変です。
ですから「揚力を基本原理からきっちりと計算する方法はない」と言ってもいいでしょう。
これが「飛行機が飛ぶ仕組みはわからない」と言われる要因のひとつでしょう。
しかし、解を求める方法がないだけで、ナビエ・ストークスの式が間違いだという訳ではありません。
このことは流体力学の応用にはつきもので、飛行機どころか流体の運動の多くに当てはまることです。
飛行機の揚力は計算できないのか?
ナビエ・ストークスの式をそのまま当てはめることはできなくても、近似計算で実用上充分な精度で揚力を計算できれば、「飛行機が飛ぶ原理はわかっている」と言ってもよいのではないでしょうか?
では、実用上充分な精度で揚力を計算できるのでしょうか?
実用上充分な精度で揚力を計算できないのに飛行機を設計することはできません。
はい、答えが出ました。
「飛行機が飛ぶ原理はわかっている」
非圧縮性流体という近似
ナビエ・ストークスの式の近似として、非圧縮性流体という仮定を置くことがよくあります。
空気は圧力が高いと圧縮され、圧力が低いと膨張します。
この圧縮や膨張を考慮しないという近似計算です。
あらっぼいようですが、圧力差が小さい場合、この方法で充分な精度で計算できることが多いのです。
粘性率がゼロという近似
流体には粘性率(粘度)という特性があります。
液体では粘度の影響が大きいのですが、空気の場合は粘性が低いのでこれを無視することもよく行われます。
空気を粘性率がゼロの非圧縮性流体として取り扱うことで、画期的に計算が簡単になるのです。
クッタ・ジュコーフスキーの定理
このような近似の元に揚力を説明したのが “クッタ・ジュコーフスキーの定理” です。
飛行機の翼で得られる揚力もクッタ・ジュコーフスキーの定理で説明できるのです。
この定理は1900年代始め、ちょうどライト兄弟が有人飛行した頃に導かれています。
飛行機が飛ぶ理由は、飛行機の黎明期にすでに知られていたのです。
飛行機はなぜ飛ぶのか?原理を説明してみる
「飛行機はなぜ飛ぶのか」「どのようにして揚力が発生するのか」と聞かれると「クッタ・ジュコーフスキーの定理に従って揚力が発生するから」と答えるしかありません。
それでは答えになっていないと思われるかもしれません。
でも流体の流れはややこしくて、簡単に説明することはできないので数学を使うしかありません。
というより、数学を使わずに説明する能力は私にはありません。
翼の形を三次元的に表すのは難しいので、単純な二次元の場合の揚力計算の例として「FNの高校物理」さんの「二次元翼理論(等角写像とジューコフスキーの仮定)」へのリンクを貼っておきます。
興味がある方は参考にして下さい。
でも飛行機が飛ぶ原理を説明してみる
と、ここで終わってもいいのですが、飛行機が飛ぶ理由を無理やり説明してみます。
飛行機が飛んでいるとき、翼の周囲には空気の渦が発生します。
翼の形状や仰角を考慮すれば “クッタ・ジュコーフスキーの定理” によってこのような循環流れが導かれるのです。
実際の飛行機は、循環流れよりも速い速度で飛んでいるので、翼の上は飛行機の対空速度と渦の速度を足し合わせた流速、翼の下は対空速度から渦の速度を引いた流速になります。
翼の上の空気の流れは、翼の下よりも速くなるのです。
流体には、流れが速い方が遅い方よりも圧力が低くなるという現象があります。
単純な場合は ”ベルヌーイの定理” として知られている現象です。
圧力が高い方から低い方に力が働くので、翼には上向きの揚力が発生するということです。
なぜそうなるのかは説明できなくても、「○○の定理によって」とつければ、説明しているような感じがしますね(説明できない部分を定理に押し付けてるだけですが)。
飛行機が飛ぶ原理の間違い
飛行機が飛ぶ理由は簡単に説明できるものではないことがわかってもらえたと思います。
そのせいか、飛行機が飛ぶ理由については間違った説明が氾濫しています。
一般向けの説明だけではなく、大学の教科書ですら間違った説明が多いそうです。
神奈川工科大学の石綿先生が揚力の説明について調べられていますが、物理の教科書でも正しい説明は61%で、不十分な説明が22%、間違いが17%だそうです。
これが一般向けになると、正しい説明は16%にまで減ってしまいます。
ちなみに上で説明した説明は、正しい説明ではなく、不十分な説明に分類されるものです。
※参考文献:科学書に見られる間違った翼の原理の拡散 石綿、根本、山岸、荻野、日本機械学会講演論文集No. 138-1 (2013)
結論:流体はややこしい
流体の運動はかなりややこしいです。
ちょっと複雑な流れになると、一体どうなるのか頭で考えてもさっぱりわからなくなってしまいます(もしかしたら自分だけでしょうか?)。
結局は計算してみることになります。
数学の力を借りないとイメージすらできません。
自分は工学の人間ですが、工学ではどのように簡略化して実用レベルで計算するのか、そのテクニックが求められています。
まだまだ未熟者ですが……
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