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エントロピー増大の法則は、乱雑になる方向に変化するというものではない

エントロピー増大

エントロピー増大の法則という法則を聞いたことがありますか?

一般に「物事は乱雑になる方向に進む」とか「秩序だった状態から無秩序の状態に進む」という法則だと説明されているものです。

でも、この表現はかなり誤解を招くものです。

ウェブサイトをみても、実際に多くの人が誤解しているような気がします。

そこで、エントロピー増大の法則によくある間違いを、説明してみましょう。

目次

エントロピー増大の法則

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で、熱力学第二法則という基本法則を説明しました。

この熱力学第二法則が別名「エントロピー増大の法則」とも呼ばれています。

熱力学第二法則は、エントロピーという量が増大するという形で定式化できるからです。

秩序から無秩序に

「エントロピーとは何か?」という説明として「エントロピーとは乱雑さを示すもの」という表現をよく見かけます。

そして、エントロピー増大の法則(熱力学第二法則)は、「ものごとは乱雑な方向に進む」とか「秩序だった状態から無秩序に変化する」と説明されることが多いようです。

イメージしやすく「なるほど」と思ってしまう説明なので、これで分かったつもりになりがちです。

でも「エントロピーは乱雑さ示す」という説明は、誤解を招きやすい表現なのです。

よくある基本的な誤解

乱雑な部屋

エントロピーでよくある誤解をいくつか挙げておきます。

エントロピーとは乱雑さの程度を表すという誤解

「乱雑さ」というと、乱雑な程度や乱雑具合を表すもののように思えます。

ゴミ屋敷のように散らかり放題の部屋と整理されている部屋では、どちらがエントロピーが大きいでしょうか?

エントロピーを乱雑さとするとゴミ屋敷の方がエントロピーが大きいということになります。

それを踏まえてもうひとつ問題を出します。

家の中には2部屋あります。1部屋は散らかり放題のエントロピーが大きい部屋で、もう1部屋は整頓されたエントロピーの小さい部屋です。では、この家全体ではエントロピーはどの程度でしょうか?

「ふたつの部屋の中間のエントロピーだ」

と思った人はいませんか? 

これは間違いです。

両方の部屋のエントロピーを足し合わせた値

が正解です。

ちなみにゴミ屋敷と整理されている部屋では、同じ広さならゴミ屋敷の方がエントロピーが大きくなります。

狭いゴミ屋敷と広い整理された部屋では、整理された部屋の方がエントロピーが大きいこともあり得ます。

言ってみればエントロピーとは「乱雑さの程度×部屋の面積」であり、「乱雑な程度」ではないのです。

示量性の特性と示強性の特性

特性値には、量を表す示量性の特性値と、程度を表す示強性の特性値があります。

エントロピーの理解には必要なので、これを簡単に説明しておきます。

示量性の特性とは

質量とか体積のようなものを示量性と呼びます。

5キログラムと5キログラムを合わせれば10キログラムですし、1リットルと1リットルを合わせれば2リットルです。

このように足し算できるものを「量を表す性質」という意味で「示量性」の特性と呼びます。

示強性の特性

示強性の特性とは、温度や圧力のような特性のことです。

温度の高いものと低いものを合わせれば、中間の温度になります。

高圧の空気と低圧の空気を合わせれば中間の圧力になります。

何らかの強度を表すもので足し合わすことはできないものを「示強性」と呼びます。

エントロピーは示量性か示強性か?

最初の問いでわかるように、エントロピーは示量性の特性値です。

足し算できる方です。

ですから、エントロピーの大きいものとエントロピーの小さなものを合わせると、それを足し合わせた値になります。

しかし「乱雑さ」というと、つい示強性の量をイメージしてしまいます。

これを混同している人は意外に多いのです。

乱雑な状態は絶対に秩序だった状態にならないという誤解

散らかった部屋を見ていたとします。

何もしなければ、風などでどんどん散らかっていきます。

では、逆に、何もしないのに部屋が片付いていくことが起きるでしょうか?

「絶対にない」は間違いです

条件付きですが、あり得ることです。

エントロピーは全体としては必ず増大しますが、一部だけなら減少することもできます

ですから、部屋が自然に片付いたとしても、それに従って隣の部屋がそれ以上に乱雑になっていれば、何の問題もありません。

エントロピーは足し合わせることができるもので、そのトータルが増大するという法則です。

整理されるイメージがつかない

整理された部屋が乱雑になっていくイメージは簡単に湧きます。

でも乱雑な部屋が自然に整理され、それにつれて隣の部屋が乱雑になっていくというイメージがつきません。

エントロピー増大の法則を乱雑になっていくものと捉えていると、このことを勘違いしやすいのです。

エントロピー増大の法則は間違っているという主張で一番多いのがこのパターンです。

生物は秩序だった状態を作り出すのでエントロピー増大の法則に反している」みたいな主張です。

他の部分で、それ以上のエントロピー増大が起こっているのですが、そのことを無視しているのです。

こういう勘違いが多い原因のひとつが、エントロピー増大の法則を、乱雑な方向に進むというイメージだけで捉えていることにあると思います。

エントロピーは分子の配置の乱雑さであるという誤解

ある一瞬の分子の位置を写真に撮ったとしましょう。

その写真の情報からエントロピーがわかるでしょうか?

写真が全く同じならエントロピーも同じでしょうか?

答えはNOです。

これまで、部屋の乱雑さを例としてエントロピーを説明してきました。

それなら、写真を撮れば乱雑さが全てわかります。

でも、実際にエントロピーを知るには位置情報と同じくらい重要な情報があり、それは写真からはわかりません。

分子の速度です。

分子は動いている(固体でも振動している)のですが、その速度もエントロピーには大きく影響します。

エントロピー=乱雑さとだけ捉えていると、このことをつい忘れがちになります。

結局エントロピーって何?

結局エントロピーとは何なのでしょうか?

ちょっと歴史を紐解いてみましょう。

エントロピーの歴史

1900年代に、熱や温度の研究から熱力学という分野が誕生します。

エントロピーは、その熱力学から出てきたものです。

熱力学を構築するときに、物質が持つ重要な特性がふたつみつかりました。

エネルギーとエントロピーです。

現在使われている意味でのエネルギーは19世紀末、エントロピーの数年前に定義されたものです。

エントロピーもエネルギーも直接測定できるものではありません。

ただ、熱を詳しく観察して、それを説明するためにはエネルギー、エントロピーという量が必要だったのです。

その後、エネルギーについては理解が進みイメージしやすくなりましたが、エントロピーはイメージしにくいままだったのです。

エネルギーは簡単?

エントロピーに比べ、エネルギーはわかりやすいもののように思えます。でも「石油1リットルのエネルギーとは何か?」を明確に説明したりイメージできる人は、あまり多くないような気もします。
エネルギーとは何か当然知っているつもりでいても、いざ説明しようとすると難しいものです。

 

熱力学でのエントロピー

熱力学でのエントロピーには、乱雑さという意味はありません。

可逆的に変化させたときの熱量変化を温度で割ったものをエントロピー変化とする

という熱をもとに定義されるものです。

そうすることで、熱力学第二法則は「エントロピーが増大する」と言い換えることができるようになったのです。

統計力学

熱力学が構築されているとき、ボルツマンという天才科学者が、熱力学を分子の運動から説明する統計力学という分野を創出しました。

≫≫ルートヴィッヒ・ボルツマン 早すぎた天才科学者の生涯

そこで、熱力学のエントロピーというのは、数多くの分子の統計的な性質のひとつとして捉えなおされました。

その考えを簡潔に説明したのが「エントロピーは乱雑さを示すもの」「物事は乱雑な方向に変化する」というものです。

ただ、ボルツマンの統計力学でのエントロピーの定義をみても「乱雑さ」という例えはかなり飛躍しています。

「わからなさ」とか「不明度」という表現の方が相応しいと思います。

ただ、エントロピーは大きくなると説明するときに「乱雑になっていく」と言えば、何となくわかった気になるので使われているのでしょう。

エントロピーとは何か今でもわからない?

ボルツマンの統計力学は当時の科学者たちから多くの批判を浴びました。

数学的な不備や矛盾を突き付けられたのです。

そして、ボルツマンは失意の中で自殺していまいます。

詳しくは『ルートヴィッヒ・ボルツマン 早すぎた天才科学者の生涯』で説明していますが、統計力学は量子力学を使わないと説明できません。

統計力学的なエントロピーも量子力学で扱わないといけません。

しかし、量子力学を考慮してエントロピーを説明するのは大変です。

そしてその解釈はまだ定まっていないのです。

そのため「乱雑さ」という表現がそのままエントロピーの説明に使われ続けたのでしょう。

結局エントロピーとは何か?

乱雑

現在でも統計力学には新しい知見が増えていきます。

エントロピーの解釈も未だに変化しています。

エントロピーとは何か? という問いに答えるのが難しい理由がわかって頂けたと思います。

ただ、最初のボルツマンの式から連想した「わからなさ」とか「不明度」というのは、(厳密ではないですが)間違っていないようです。

エントロピーが増大するというのは、「どんどんわからなくなっていく」と言い換えてもいいかもしれません。

エントロピーは「情報」と併せて考えなければならないことがわかっています。

そのことに関しては下記の記事でも触れていますので参考にして下さい。

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