ラプラスの悪魔というのは、物理の世界に出てくる悪魔のひとつで、フランスの有名な数学者ラプラスが提唱したものです。
ラプラスの悪魔が意味するのは、「未来は決まっている」ということ。あなたが自分の意思で行ったと思っている行動も、実は、はるか昔から決まっていたというのです。
物理の法則から考えると未来は決定している、でもわたしたちは自分の意思を持っている(ようだ)、このジレンマに多くの物理学者が悩んできました。
このラプラスの悪魔は一体どんなものなのか? わかりやすく説明してみたいと思います。
ラプラスの悪魔とは何か
ラプラスの悪魔は、今から200年以上前にフランスの数学者 ”ピエール=シモン・ラプラス” が提唱したものです。
もしもある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知ることができ、かつもしもそれらのデータを解析できるだけの能力の知性が存在するとすれば、この知性にとっては、不確実なことは何もなくなり、その目には未来も(過去同様に)全て見えているであろう。
— 『確率の解析的理論』1812年
Wikipedia
ラプラスは「ある瞬間の全ての物質の位置と運動量を知ることができて、そのデータを解析できる能力を持った悪魔がいれば、過去も未来も全てわかる」と提唱したのです。
未来はすでに決まっているという考え方から決定論と呼ばれています。
あなたが将来どんな行動を起こすのか、すでに決まっているということです。ふらっとコンビニに立ち寄ったのも、なんとなくドリンクを手にしたのも、レジにいた異性を見てドキッとしたのも、全て昔から決まっていたのです。
このように、未来は完全に決定しているということを表す象徴として、悪魔という言葉を使ったのです。
ラプラスの悪魔はニュートン力学から
17世紀に ”アイザック・ニュートン” が作り上げたニュートン力学は、世の中の多くの現象を説明することに成功しました。
その適応範囲がどんどん広がり、18世紀にはニュートン力学で説明できないものはないという風潮ができました。ラプラスの生きた時代は、その最盛期です。
ラプラス自身も、数学的な取り扱いからニュートン力学を完成させた功労者でした。
ラプラスの悪魔は自由意志を許さない
もし、全てがニュートン力学で表されるのであれば、ラプラスの悪魔が存在することになります。
もちろん悪魔が実際に存在するということではなく、未来はすべて決まっているとする決定論が成り立つという意味です。
あなたが将来、誰と出会い、何をするのか、あなたの意思とは関係なく、宇宙が始まった時点から決まっていることなのです。
でも、人間には意思があって、自分で行動を決めているのは確かだという実感があります。
ニュートン力学の成功の裏で、科学者たちはこの問題に悩み続けていました。
ニュートン力学以外の物理法則にもラプラスの悪魔がいるのか
ラプラスが活躍した18世紀には、まだニュートン力学では説明できない現象が残っていました。
熱、光、電気、磁気、化学反応などの現象です。
それらもニュートン力学で説明できるようになるだろうと考えられていました。
そして、19世紀には、それらの現象が少しずつ解明されていきます。
熱や化学反応などは、熱力学という分野で説明され、それを分子の運動としてニュートン力学で表すよう統計力学という物理理論が作られます。
光や電磁気は、ニュートン力学では説明できませんでしたが、電磁気学という分野が完成されます。
この電磁気学もニュートン力学と同様に、決定論でした。
法則に従って変化するからこそ法則を解き明かす意味があり、それによってどのように変化するのか計算できるようになる、それが物理だと考えれば当たり前かもしれません。
19世紀の科学者は、決定論と自由意思という矛盾する問題に悩まされていたのです。
ラプラスの悪魔とシミュレーション
少し話を脇道に逸らします。
『宇宙はバーチャルなのか? シミュレーション仮説とは』という記事で、宇宙はシミュレーションではないか? という考え方を紹介しました。
ラプラスの悪魔は、このシミュレーション仮説と似通っているように思えます。
全ての粒子の位置と運動量を入力して計算すれば、未来まで計算できるのですから。
でも、そう単純な話ではありません。
ラプラスの悪魔の完全なシミュレーションは不可能なのです。
情報量
ラプラスの悪魔のシミュレーションが不可能なのは、必要な情報量が無限だからです。
情報量について少し考えてみましょう。
ある粒子ひとつの位置を表すのにどれくらいのメモリーが必要でしょうか?
その粒子は、基準の場所から、x方向に1メートル離れたところにあるとします。
本当に1メートルなのでしょうか?
1.000000000000001メートルかもしれません。
0.999999999999999メートルかもしれません。
ぴったり1メートル(1.00000……と0が無限に続く)と考えるのは不自然です。
もし完璧に位置を表そうとすると、小数点以下に数字を無限に並べないといけません。これだけで無限の情報量が必要です。
それができないのであれば、どこかで打ち切って近似計算するしかありません。
そうなると、シミュレーション仮説の記事で説明したような完全なシミュレーションではなくなります。
少し先のことなら、ある程度正確でしょうが、時間が経てば経つほど実際とずれていきます。
ラプラスの悪魔がいたとしても、それを実際にシミュレーション計算することはできないのです。
ごく僅かな差によって、大きな違いを引き起こすカオスという現象もあります。
「ブラジルで蝶が羽ばたいたことで、テキサスで竜巻が起きる」というようなもので、これにちなんで「バタフライ効果」と呼ばれることもあります。ごくわずかな差を無視できないのです。
ラプラスの悪魔の終焉
ラプラスの悪魔は意外な形で幕を下ろします。
Wikipediaの説明を引用してみます。
20世紀初頭より勃興した量子力学によって、原子の位置と運動量の両方を同時に知ることは原理的に不可能である事が明らかになった(不確定性原理)。これによりラプラスの悪魔は完全に否定された。
Wikipedia
ラプラスの悪魔が提唱された100年以上経った、20世紀に入って、量子力学によって位置と運動量を正確に知ることはできないことがわかったのです。
量子力学の不思議さ
「位置と運動量を正確に知ることはできない」というのは誤解を受けそうな表現です。
「正確な位置と運動量はあるけど、それを知ることはできない」と思うかもしれませんが、これは間違いです。
そもそも正確な位置と運動量というもの自体がないのです。
えーと、訳が分からないですよね。
でも、仕方ありません。
物理学者でも訳が分からなかったのです。
あのアインシュタインも、正確な位置と運動量というものがないということを認めませんでした。
とにかく、物理学者が長い時間をかけて議論し、実験を行った結果、「よくわからないけどそうなっているようだ」と認めざるを得なくなったのです。
新たな問題
ラプラスの悪魔は、これで否定されました。
しかし逆に新しい問題が浮かび上がります。
ニュートン力学では、位置と運動量を表すのに無限の情報量が必要でした。
量子力学では、位置を運動量を分けて知ることはできませんが、粒子の全情報は有限なのです。
莫大な情報量には違いありませんが、無限と有限では全く別ものです。
情報量が有限なら、宇宙はシミュレーションだという可能性がでてきます。
ここから『宇宙はバーチャルなのか? シミュレーション仮説とは』という話につながっていくのです。
ラプラスの悪魔は完全に死んだのか?
ラプラスの悪魔は完全に死んだわけではありません。
ラプラスが想定したものとは違いますが、未来が完全に決まっているという可能性は残っているのです。
自分が自由意志を持っているというのは錯覚かもしれないのです。
これは、物理学者にとっても受け入れがたいことで、人間が自由意志を持つ理由を説明しようとする人たちも多くいます。
さて、あなたがこの記事を読んだのは、自分の意思なのか、それとも元々決まっていたことなのか、果たしてどちらなのでしょうか?