「浸透圧」
理科で習ったし、よく聞く言葉だけど、いまいちピンとこないという人も多いのではないでしょうか?
そんな浸透圧について、まずは簡単に分かりやすい説明をしてみます。
そして、その後に少し踏み込んだ説明まで話を広げてみることにします。
簡単にわかりやすく説明
まずは、浸透圧とはどんなものかという概要をつかんでもらうために、できるだけわかりやすく説明をしてみます。
浸透圧とはどんな現象
理科の実験でよくある例です。
U字管を半透膜で仕切り、片方に水、もう片方に水溶液(塩水でも砂糖水でも何でもOK)を入れると、溶液側の水面が高くなるという現象です。
ここで、半透膜というのは「水は通すけど、塩や砂糖は通さない」という性質を持っているものです。
重力だけを考えると、両方の水面が同じ高さになるはずなのに、溶液側の水面が高くなるのは「浸透圧」が原因です。
浸透圧の仕組み
半透膜には、水分子が通れるくらいの穴が空いています。
分子は、激しく動き回っているので、半透膜の穴を通って水が移動することができます。
右側には穴を通れないような大きな分子が溶けているとします。
すると、その大きな分子がいるために、水分子の割合(濃度)が減っていることになります。
左側には水分子だけ、右側には水分子と大きな分子となっているので、水がランダムに動きまわれば、左側から右側に移動する分子は逆に移動する分子より確率的に多くなります。
浸透圧の圧力
半透膜を通って移動する水分子は左から右に移動する方が多いので、左側の水面は下がり、右側の水面が上がっていきます。すると右側の方が左側より半透膜部分の圧力(水圧)が高くなります。
分子は圧力が高い方から低いほうに分子が動こうとします。圧力差によって水面が高い右側から水面が低い左側に移動させる力が働くのです。
分子の数によって左から右に移動する効果と、圧力によって右から左に移動する効果が釣り合ったところで水面が一定になるのです。
そして、そのときの圧力を浸透圧と呼びます。
ここまでの説明はわかりやすいのではないでしょうか? 子供に浸透圧を説明するのならここまでで充分でしょう。
細胞膜は半透膜
半透膜でできているものに細胞を包んでいる細胞膜があります。
医療関係や料理などで浸透圧が良く出てくるのはこのためです。
もし、細胞の周囲にものが沢山溶けている水溶液があれば、細胞の中の水が外に出ていってしぼみます。
逆に純粋な水のように細胞内よりも溶けている物質が少ないものが周囲にあると、細胞内に水が入って膨れていき破裂することもあります。
細胞内とちょうど釣り合うような塩水を生理食塩水と呼び、これを使うと水の移動で細胞がしぼんだり、膨らんだりすることがなくなります。
身近な半透膜
身近にあって、実験にもよく使われる半透膜は、なんといってもセロファンでしょう。
セロファンは、セルロースという植物の成分を再利用した再生セルロースとも呼ばれるフィルムです。
以前は「半透膜といえばセロファン」という時期がありましたが、最近ではもっと手軽に性能のいい半透膜が入手できるようになったので、実用上は姿を消しつつあります。
ただ子供の自由課題などの実験にはセロファンを使うことが多いことには変わりありません。
ファントホッフの式
浸透圧を表す式として、ファントホッフの式が知られています。
$$\pi V=nsRT $$
π:浸透圧、V:溶液の体積、ns:溶質のモル数、R:気体定数、T:温度
この式にあてはめることで、浸透圧を計算することができます。
ファントホッフの式は本当に成り立つのか?
ここまでがよくある説明です。
ここからは、もう少し踏み込んで考えていくことにします。
まずは、ファントホッフの式はどれくらいの精度で成り立つのかという問題です。
よく知られているのは、NaCl(食塩)のような電解質では成り立たないということです。
これは、NaClを水に溶かすと、ナトリウムイオン(Na+)と塩素イオン(Cl–)に解離するためです。
ふたつに分かれるので、浸透圧に対して2倍の効果を示すのです。
この場合は、濃度を2倍にして計算すれば、ファントホッフの式を使うことができます。
ファントホッフの式は希薄溶液でしか成り立たない
イオンに解離するもの以外でも、ファントホッフの式と大きく違う結果が出ることがあります。
実はファントホッフの式は、非常に薄い「希薄溶液で成り立つ」式に過ぎないからです。
料理で塩を振って浸透圧で水分を抜くような濃い溶液の場合にはファントホッフの式はほとんど役に立ちません。
これにはふたつの原因があります。
希薄な場合に成り立つ近似を使っている
最初に、あまり本質とは関係ないものを指摘しておきます。
まずは、理論から浸透圧の式に変形するときに、濃度の表しかたを希薄溶液の場合に成り立つような近似にしています。
右側の混合液の中にある大きな分子の割合は、大分子の数÷(水分子の数+大分子の数)であらわされます。
この水分子の割合が大きいほど、浸透圧が大きくなります。
希薄な溶液では、水分子の数が大きな分子に比べて圧倒的に多いので、
大分子の数÷(水分子の数+大分子の数)≒大分子の数÷水分子の数
としても問題ないと近似できます。
ファントホッフお式はこの近似を使っています。そのため、近似が使える稀薄溶液でしか成り立たないのです。
これはテクニカルな問題なので、正確に表した形に変えることは可能です。少し式が複雑になりますが。
浸透圧には考慮していない因子がある
もうひとつは、これまでの浸透圧の説明では全く考慮していない要因です。
これは、溶液が希薄なときにはあまり影響はありませんが、濃度が濃くなるにつれて影響が大きくなっていきます。
その要因について説明していきます。
考慮していない因子は分子間力
ここまでの浸透圧の説明で考慮していない因子は、ずばり分子間力です。
分子同士は、分子間力で引き合っています。
もし、溶かした物質が水と強く引き合うものなら、溶液側に水を引張り浸透圧は大きくなります。
逆に溶かした物質が水と引き合う力が弱く、水同士の引力を邪魔するものなら、水を押し出す形になり浸透圧は小さくなります。
その効果によってファントホッフの式からずれていきます。
実は、この効果は浸透圧以外の様々な特性にも影響を与えています。
浸透圧と他の特性との関係
Q&Aサイトで「浸透圧と飽和蒸気圧の関係について質問です。」という質問を見つけました。
U字管の中に溶液と水が入っていて半透膜で仕切られている状態では(水のみが通ることができる)、浸透圧によって当然液面差が生じます。それをラウールの法則による飽和蒸気圧の差に着目して説明しようとしたのですがよくわからなくなってきました。 <略>
簡単に言うと、溶液の浸透圧と蒸気圧に関係があるのか? という質問です。
回答の全てが「蒸気圧と浸透圧は全く別の特性なので関係ない」というもので、質問者もその回答に納得しています。
皆さんはどう思いますか?
溶液の蒸気圧
水は水面から蒸発して水蒸気になります。
逆に気体にある水蒸気が吸収されて水になることもあるでしょう。
気体の中の水蒸気の圧力が蒸気圧と等しい場合、水面から蒸発する水の量と、気体の水蒸気が水になる量が釣り合って、全体的には変化がない状態になります。
この水に水以外の物質が溶けていると、その分だけ水の割合が減って、水面から蒸発する水の量が少なくなります。
それと同じだけ、気体の水蒸気が水になる圧力が蒸気圧です。
蒸発する水の量が少なくなるのですから、蒸気圧も低くなるのです。
浸透圧と同じような現象だとわかるでしょう。
浸透圧と蒸気圧の関係についての計算をサブサイトに掲載しましたので、興味ある方はぜひご覧下さい。
浸透圧の要因
浸透圧の要因として、2つのことを上げました。
- 物質が解けることで水の数(濃度)が下がる
- 溶かした物質と水の引き合う力が違う
実は、これと全く同じ要因で、色々な現象が起こります。
蒸気圧もそのひとつなので、蒸気圧と浸透圧の間には密接な関係があるのです。
それ以外にも、凝固点が下がる凝固点降下や水を電気分解するときの電極電位の増加などなど。
全て同じ要因です。
ですから、どれかひとつを正確に(2.溶かした物質と水が引きあう力の影響を)測定できれば、他の特性もきっちり計算できるのです。
ちなみに溶かした物質と水が引きあう力の影響を考慮した濃度に似た活量という特性があります。活量は溶液の何らかの特性を測定した実験値から求めなければならない量ですが、一旦実験値がわかればそれを持ちいることによって他の特性をきっちりと知ることができます。
活量については別記事で詳しく説明していますので興味のある方はぜひご覧ください。
≫≫活量、活量係数とは何なのか? 人為的に導入された不思議な特性
※ちなみに、Q&Aサイトでの質問は、1の因子だけで2(分子間力)を考慮しない場合の問題なので、さらに簡単に求めることができます。
このことを採りあげたのは、サイトの解答を見て少しショックを受けたからです。
なぜぴったり合うのか?
一見、全く異なる現象なのに、それらの関係がきっちり決まっているのはなぜでしょうか?
これは、溶液を使った色々な現象をどう組み合わせても、永久機関(第二種永久機関)ができないようになっているからです。
ひとつの現象がわかれば、「第二種永久機関ができない」という仮定で計算すると他の現象の正確な値を求めることができます。
「第二種永久機関とは何か? エネルギー保存則を破らない永久機関がある」で「第二種永久機関ができない」という法則には莫大な検証結果があるということを書きましたが、これもその検証結果のひとつです。
水溶液ひとつとっても、色んな物質を色々な濃度で溶かして色々な性質を測定して、全てが理論通りになる、それだけでも検証結果が膨大になることは想像できると思います。
浸透圧が発生しなければ永久機関ができる、だから浸透圧が発生するという説明をしても間違いではないでしょう。