ここまで、水溶液と水を混合するとき、半透膜を使うことで上手くやれば力学的エネルギー(仕事)を取り出せることを示し、取り出せる仕事には上限があると仮定しました。
そして、その上限は半透膜を使った場合に限らず、どんな方法で仕事を取り出した場合でも同じという結論となりました。
今回は、半透膜以外で仕事を取り出す方法を具体的に示していきます。
仕事を取り出す方法の見つけ方
水と水溶液を混合するときに、仕事を取り出す方法を探そうと思っても中々思いつかないものです。
放っておけば勝手に混ざるものに対して「どのようにして混ぜるか?」なんて考えることがないからです。
でも、いい方法があります。
逆を考えるのです。
半透膜を使って仕事を取り出す方法を逆にすれば、均一な水溶液から水を分離できました。
水と水溶液との混合で仕事を取り出す方法と、均一な溶液から水を分離する方法は表裏一体なのです。
放っておいても溶液から水が分離することはないので、何らかの操作が必要です。
その方法を考えてみればいいのです。
蒸気圧を使った方法
蒸気圧を使って均一な溶液から水を分離する方法を考えてみます。
水溶液から水を蒸発させて水蒸気にして、その水蒸気を水に戻せば分離完了です。
そのとき、エネルギーを無駄にしないように工夫していけばいいだけです。
溶液から水を蒸発させる方法
簡単にするため、周囲は真空状態だとしましょう。
水は勝手に蒸発して水蒸気になります(真空状態でなくても、空気中の水蒸気が蒸気圧以下なら蒸発します)。
勝手に起きることを、そのままにしておくのはエネルギーのロスです。
水と溶液の混合のように、自然に起きることは上手くやれば仕事を取り出すことができるはずです。
そこで、溶液をピストンに入れましょう。
周囲は真空なので、ピストンに力を加えておかなければ、水が蒸発して蒸気圧の力でピストンを押し上げます。
ピストンの上に重りでも置いておけば、それが持ち上がることで位置エネルギーとして仕事を回収できます。
そのとき、溶液の蒸気圧による力と重りの質量が釣り合うときが、仕事を取り出す最大限です。
水蒸気を水に戻す方法
次に、水蒸気を水に戻す方法を考えてみます。
こちらも簡単です。
水溶液と水蒸気の間に仕切りを入れて混ざらないようにし、ピストンを押していけば水になります。
この場合は、水の蒸気圧に逆らってピストンを押すという仕事が必要になります。
その最小値は、水の蒸気圧と釣り合う重さの錘を置いてピストンを下げたときだと考えられます。
トータルの仕事
このときのトータルの仕事が半透膜を使った方法での仕事と一致しているはずですので、確認してみましょう。
水蒸気の体積をV、ピストンの断面積をA、ピストンが動いた距離をLとします。
溶液から水を蒸発させるときに得られる仕事Wは、溶液の蒸気圧をPsとして、
W=PsV
となります。
同様に、水蒸気を水にするときに必要な仕事W’は、水の蒸気圧をPwとして、
W’=PwV
です。
このとき、取り出した仕事のトータルWtは、
Wt =W-W’=PsV -PwV =(Ps-Pw )V
で表されます。
実は細かな部分(水蒸気の圧力を変化させる工程)を省いていますが、とりあえずはこれでいきましょう。
蒸気圧低下
溶液の蒸気圧は、水の蒸気圧より小さくなる蒸気圧低下という現象が知られています。
つまり、”Ps<Pw”となるのです。
ということは、”Wt=(Ps-Pw)V<0”で、取り出した仕事のトータル Wt はマイナスだということになります。
溶液から水を分離するときは、 仕事が必要だということです。
この操作を逆に行えば、水と溶液を混合するときにWtの仕事を取り出せるのです。
水と溶液を混合するときに仕事を取り出せて、溶液から水を分離するときには仕事が必要だというのは、半透膜のときと同じです。
取り出した仕事の計算
溶液の蒸気圧に関して、ラウールの法則という経験則が知られています。
溶液では、純粋な水に比べて水の濃度が薄い蒸気圧が低下するというもので、モル分率で表した水の濃度と蒸気圧が比例するというものです。
水溶液中の水の濃度といってもピンとこないので、溶かしたもの(溶質)の濃度で考えます。
溶質のモル分率をχとし、水の蒸気圧をPw 、溶液の蒸気圧をPsとすれば、
Ps=Pw(1-χ)
で表されます。
”1-χ”が水のモル分率を表します。
先ほどの、
Wt=(Ps-Pw)V と合わせれば、
Wt ={Pw(1-χ)-Pw }V=-PwV
とマイナスの値になることがわかります。
ここで、分離した水のモル数をnとすれば、理想気体の状態方程式、PV=nRTを使って、
V≒nRT/Pw (R:気体定数、T:絶対温度)
なので、
Wt =-Pwχ=-nRTχ
Wt=-PwχV=-nRTχ
と表されます。
これが、溶液から水を分離するために取り出した仕事(マイナスなので仕事を消費したことになります)なので、逆に溶液の混合で得られる仕事Wtは
Wt=nRTχ
となります。
浸透圧の場合を計算して比べてみる
ここで、浸透圧を使った方法と比べてみましょう。
浸透圧を使って取り出せる仕事は、浸透圧をπ、水の体積をVとして、πVで表されました。
さきほど、水蒸気の体積にVを使ったので、区別するため水の体積をV’とします。
浸透圧の経験則としては、ファントホッフの式が知られています。
溶質の体積モル濃度をM、温度T、気体定数をRとすれば、
π=MRT
となるというものです。
蒸気圧での式と比較するため、濃度の表し方をモル分率に変えてみます。
水のモル体積(水1モルの体積)をvとすると、単位体積あたりの水のモル数mは、
m=1/v
となります。
単位体積当たりの溶質のモル数はMなので、溶質のモル分率χは、
χ≒Mv
これを π=MRTに代入すると、
π=RTχ/v
取り出せる仕事Wtは、πV’なので、
Wt=RTχV’/v
ここで、vは単位体積当たりの水のモル数なので、体積V中の水のモル数をnとすれば、V’/v=nとなり、
Wt =nRTχ
と蒸気圧と同じ結果になります。
半透膜を使った場合でも、蒸気圧を使った場合でも、取り出せる仕事の最大値は同じだということです。
これは、溶液の蒸気圧と浸透圧の関係を表したものになります。
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