潮の満ち引きは、主に月の引力によって発生します。その説明で、こんな感じの図を見たことがあるかと思います。

この図だけを示されてほとんど説明がないことも多いため、消化不良を感じる人も多いのではないでしょうか?
ネットを調べても何か物足りない説明が多かったので、ちょっと深く考えてみようと思います。
すると「この図が間違いだ」ということがわかるので。
とは言っても、数式を使わず、できるだけわかりやすく説明します。
月と地球の公転
なぜ月はいつも同じ面を地球に向けている?月の自転と公転の周期が一致している理由という記事で、月は地球の周りを公転していると説明しました。
メインが月の話だったので簡単に済ませたのですが、地球をメインにする場合はもっと正確に言わないといけません。
「月と地球は、共通重心の周りを互いに公転している」
共通重心と月と地球の公転
共通重心というのは、地球と月を合わせた全体の重心です。
下の図(赤丸)のように、地球と月の共通重心は地球の内部にあります。
この共通重心の周りを月と地球の重心が公転しているのです。

同じ速度で回転している座標で表してみる
これだけ複雑な運動をしているものを、そのままで考えると難しいので単純にしてみましょう。
共通重心の周りを、月や地球と同じように回転している視点で表します。

一緒に公転している人から見た様子なので、公転が消えて単純になりました。
勝手に視点(座標)を変えていいのか? と思われるかもしれませんが、視点を変えたらどうなるかわかっていれば問題ありません。
この場合では「地球と月に遠心力という見かけの力が働く」ことを考慮すれば大丈夫です(コリオリの力も働きますが、気にしなくても大丈夫です)。
≫≫コリオリの力とは何か? 北半球で台風が反時計回りになる訳
最初に示したよくある潮汐の図も、同じ視点で書いているのでそれに合わしたと考えてもいいでしょう。
水面に働く潮汐力と起潮力
月の引力と公転による遠心力を考慮すると、水面に働く力は下図のようになります(なぜ、こうなるのかは、後で説明します)。

実際には、これに加えて自転の遠心力や地球の重力も働いていますが、どこでも同じように働き、潮の満ち引きには直接関係しないため無視しています。
このように直接潮の満ち引きにかかわる力を「起潮力」と呼ぶそうです。
気象庁の潮汐の仕組みに「起潮力」と書かれているので、ここでも同じ言葉を使うことにします(「潮汐力」という言葉は月からの力だけを示す場合もあるので混乱しないように)。
起潮力で水面が上下するのか?
図を見ると、確かに海水を左右に引張る力が働いています。
でも引張られたからといって海水がゴムのように伸びることはありません。海面が盛り上がるには周囲から海水が流れ込んでくる必要があります。
また、地球の重力は潮汐力よりもはるかに大きいので、実際には左右の場所でも重力で地球の中心に引きつけられています。引張られているわけではありません。
単純に引張られているから満潮になるというものではないのです。
海水を移動させようとする力
海水面に働く起潮力を、水面に対して水平に働く力と、垂直に働く力に分解してみます。

赤い矢印が、海水面に沿って働く力です。海水を左右の方向に流し込むような力が働いていることがわかります。
これが、潮の満ち引きを引き起こす要因のひとつです。
海水面に垂直に働く力と圧力
次に水面に垂直に加わっている力について考えてみましょう。
垂直に引張る力は、重力を弱めるような効果があります。
そうすると海水の圧力が低下します。
左右の場所は引張る力が強いので圧力が低くなり、上下方向では圧力が高くなります。
圧力差があると、圧力が高い方から低い方に水を動かそうとする力が発生します。
その圧力差で発生する力はどんな分布をしているかというと、海水面に水平に働いていた赤矢印の力と同じ分布になるのです。
赤い矢印の力を大きくするような効果です。

ですから、こんな感じの力が働いている考えることができます。
なんとなく、海水が流れて左右に膨らみそうな感じですね。
海水面上昇による圧力
水面に働く力によって海水が移動し、海水面が上下します。
このとき、海水面が高く深くなるほど圧力が上昇し、海水面が低いと圧力が減少します。
その圧力差によって、海水を移動させようとする力が働き、その力と元々かかっている力が釣り合うところで変化が止まります。

このように膨らんだ形です。
月の位置も一緒に表すと、こんな感じです。

とは言っても、結局はよくある図と同じような結果になっています。
実はこれだけでは終わりません。
本番のスタートです。
地球の自転を考慮した潮汐
潮の満ち引きを考える上で、絶対に考慮しないといけないことがあります。
地球の自転です。
公転と同じように回転している視点なので公転は考慮しなくていいのですが、自転はそういう訳にはいきません。
公転は、約27日に1回転に過ぎません。地球は1日に1回転ですから、地球の自転の方がはるかに速いのです。
≫≫地球の自転は24時間に一回転じゃないという話 それが12星座の起源?
当然、海水も自転しています。
赤道では、自転速度は時速1700kmにもなります。
公転速度で回転する視点でも、海水はすごいスピードで動いているのです。
「高速で動いている海水に起潮力が作用するとどうなるのか?」を考えなければいけません。

当然ですが、海水が静止している場合と同じ結果にはなりません。
実際は三次元なので地球を球と考えれば、画面の奥から手前方向、手前から奥の方に海水が流れることも考慮しないといけません。ここでは、それを無視して二次元での流れだけを考えてみます。
海水の移動速度の変化
速く流れている海水に、起潮力が働くと海水の速度はどのように変化するのでしょうか?
本当の地球は複雑すぎて手に負えないので、冒頭の図のように球形の地殻の周りを海水が覆っている単純なモデルで考えてみます。
まず、右側のA点から真上のB点への海水の移動をみてみましょう。
月からの力は海水の移動方向とは逆に向いています。
この力によって、A点からB点に移動する間に海水の速度はだんだん小さくなっていき、B点で速度が最小になります。
B点からC点に移動するときは、海水を加速するような力がかかっているので、速度がだんだんだん速くなり、C点で最大になります。

C点からD点に移動する間は速度が減少してD点で最小、D点からA点に移動する間は速度が上昇してA点で最大になります。
まとめると、A点、C点で速度が最大、B点、D点で速度が最小ということです。
流体の速さと圧力の関係はベルヌーイの定理として知られています。圧力以外に外力(水平に働く力)のポテンシャルも同じ式に入れることができるので、今考えているモデルにそのまま適用可能です。
圧力、外力のポテンシャルを位置エネルギー(ポテンシャルエネルギー)として、運動エネルギーとの間でエネルギー保存則が成り立つというのがベルヌーイの定理なので、圧力が低いほど速度が速くなるという関係がすぐに出てきます。
海水の連続性 水は消えたり生まれたりしない
ここで海水の連続性を考慮します。
連続性とは「(定常状態では)それぞれの場所で、流入してくる海水の量と、流出する海水の量が同じ」ということです。
海水が新たに生まれたり、消えてしまったりしなければ、連続性が成り立つので当たり前の仮説です。
海水の速度は同じでも、海水面が高いところから流れこむ水の量は多く、海水面が低いところから流れ込む水の量は少なくなります。
どの場所でも時間当たりに移動する水の量が一定なら、海面が高いと速度が遅く、海面が低ければ速度が速くなければなりません。
「速度が遅い場所では海面が高く、速ければ海面が低い」のです。
A点、C点で海水の速度が最大で、B点、D点で海水の速度が最小です。
ということは、
「A点、C点で海面が低く、B点、D点で海面が高い」
という結果になります。
図で表すとこんな感じです。

よくある図とは正反対、月に向いている方向では海面が低くなるという結果になってしまいました。
ちょっと驚いたのではないでしょうか?
海水の粘性を考慮してみる
実はまだ考慮していない重要な因子があります。海水の粘度です。
地殻は一定速度で自転していると考えていいでしょう。その上にある海水は、起潮力によって速度が速くなったり遅くなったりします。
海水の速度が速いときは地殻よりも海水の方が速く、速度が遅いときは近くの方が速く動いています。
このとき、海水には粘性があるため、自由に速度を変えることができません。

海水に一定の力が働くとします。地殻に接している水は摩擦のため地殻と同じ速度で動くしかありません(滑りを考慮する場合もありますが通常は同じ速度と考えて問題ありません)。
その上の水は水同士の摩擦を受けながら、上部に行くほど速度が大きく変化します。
オレンジの起潮力と摩擦力(粘性力)が釣り合うときの海水の速度分布(地殻に対する速度)は青い線のようになります。
力が釣り合っているので、これ以上速度変化は起こりません。
働く力が大きいほど高さ方向の速度変化が大きくなり、平均速度は力に比例します。
この地殻に対する速度分布と自転による速度を合わせると、自転と逆方向に向かう力が大きいほど海水の速度は遅く、自転方向に向かう力が大きいほど海水の速度が速いということになります。

速度が遅い方が海面が上がるのでしたから、海水面の高さは下図のように、月の方向と45°ずれることになります。

粘性の効果では斜め45°の方向に海水が盛り上がるという奇妙な結果になりました。
結局どうなるのか
ここまでに、海水の影響で発生する力を3つ挙げました。
- 海水面の高さで発生する圧力差
- 海水を加速、減速するのに使われる力
- 海水の粘度によって発生する力
この3つ力の合計が潮汐力による力と釣り合うように、海水面が変わります。3種類のモードが絡み合って海水が盛り上がる場所が変わるのです。
単純に月の方向に海水が盛り上がるというわけではないのです。
実際の地球では陸地部分があって海水は自由に流れませんし、水深が浅いところと深いところがあるので、めちゃくちゃ複雑です。
ただ、よくある模式図のように単純化して考えれば、ここで説明したようになります。
1回転したときに海水の速度変化があるのか?
ちょっと違う方向から考えてみます。
海水が1回転したとき元に比べて速度が変わっているのでしょうか?
1回転したときの(A点での最初の速度と、1回点して戻ってきたときの速度)が同じであれば、何もおきません。
もし、1回転して元の速度に戻らない場合は、自転の速度を変化させる結果となります。
ちょっと考えてみましょう。
加速、減速に使われる力の場合
まず、潮汐力が海水の加速や減速に使われている場合で考えてみます。A点かB点に向かうときに海水は減速されます。
そしてB点からC点に向かうときには加速されます。
対称的なのでプラスマイナスゼロです。
そしてC点からD点の間が減速、D点からA点が加速で、プラスマイナスゼロです。
正確には、C点からB点に流れる右側のトータルがゼロで、B点からC点に流れる左側のトータルがゼロになるのですが、1回転の間にかかる加速の力と減速の力が打ち消し合うことには変わりありません。
粘性による力の場合
粘度による力の方を考えてみましょう。
A点では海水の速度と自転の速度は一致していて、A点からB点の間で速度が遅く、B点でまた自転速度と一致しています。
同じようにB点からC点で速度が速く、C点からD点で速度が遅く、D点からA点で速度が速い、トータルすれば元に戻っているような気がします。
この図自体1周して元に戻ることを前提にして書いているので、そう感じても仕方ないでしょう。
でも、加速、減速の場合とちがって対称性ではありません。
AからB、CからDの速度が遅いところでは海面が高く、速度が速い場所で海面が低くなっています。

速度を遅くするときは水の量が多く、速度を速くするときは水の量が少ないのです。
明らかに、トータルでは速度を遅くする力の方が多く、1回転すると海水の速度は遅くなってしまいます。
海水の速度が遅くなると、粘性(摩擦)によって、地殻も自転も遅くなっていくはずです。
「地球の自転は潮汐力によって少しずつ遅くなっている」
ということを聞いたことがある人も多いと思います。
”うるう秒って何? 次回はいつ? 太陽時・原子時・協定時・わかりやすい時間の話”という記事でも、そのようなことを書きました。
それが粘性によるもので、斜め45°に海水面を押し上げる効果が関係することまで解説しているものは少ないのではないでしょうか?
別記事(なぜ月はいつも同じ面を地球に向けている?月の自転と公転の周期が一致している理由)で、月が斜めに変形することで自転の周期が公転周期と一致するようなモーメントが発生するという説明をしましたが、海水の斜めの変形も同じことなのです。
地殻の変形や内部の流動などの影響もあります。
エネルギーの保存則はどうなっているのか?
海水の速度が遅くなり、自転も遅くなるということは、地球の自転によるエネルギーが減っているということです。
エネルギー保存則に反しているじゃないかと思われるかもしれません。
でも、この作用によって熱が発生し(摩擦熱のようなもの)、熱を加えた全エネルギーは保存しているのです。
また、地球の自転が遅くなると、自転の角運動量量が小さくなります。角運動量の方は保存しなければなりません。
そのためには、地球と月の公転の角運動量が大きくなるしかなく、月と地球の距離が離れていきます。
”なぜ月はいつも同じ面を地球に向けている?月の自転と公転の周期が一致している理由” で、月の自転が遅くなったのは、粘性力による斜めの変形が原因だという話をしましたが、地球の場合も全く一緒です。
月の場合は固体(粘弾性体)と考え、地球の場合は表面の水と考えましたが、そんな細かいことには関係なく、同じ関係が成り立っています。
起潮力を考えてみる

今回、海水面に働く起潮力をいきなり示しました。
なぜそうなるのか、改めて説明します。
回転座標にしたときの遠心力
月と地球の共通重心を中心に公転周期で回転する視点に変えました。
その場合、見かけの力として遠心力が働きます。
遠心力は、共通重心から離れる方向に働き、大きさは共通重心からの距離に比例する力です。

こんな感じですね。
これが間違っているという主張をなぜかよく見かけますが、間違えようがない当然の結果です。
この遠心力は、次のように分解できます。

左方向を向いた赤い矢印と、放射線状に広がる青い矢印です。
赤い矢印は、地球の重心が共通重心を回ることに対する遠心力です。
青い矢印は、地球の重心の周りを回転する遠心力、つまり地球の自転に対するものです。
回転座標にすることで、地球の自転速度が遅くなるように見えるので、それに応じた遠心力を考慮しなければいけません。
月を考えればよくわかると思います。
月は公転と同じ周期で自転しているので、回転座標にすると自転していないように見えます。その補正として遠心力が発生します。
地球も、回転座標にすることで、公転周期(約27日に一回転)分自転が少なくなったように見えて、その遠心力を考慮する必要があるのです。
このように重心の公転と、重心周りの自転に分けることで、単純になり取り扱い安くなります。
自転分の青い矢印の力は、どこでも同じように働き起潮力にはならないので無視することができるのです。
月からの重力
海水面が月から受ける引力は、次の図のようになります。

月の重心に向けて引力が働き、月に近いほど引力が強くなっています。
この引力は、ちょっとややこしいのですが、月と地球の距離(38万キロメートル)が地球の半径(6千キロメートル)より充分大きければ、単純な形に近似できます。
ですから、その近似を使っています(図は充分大きいとは言えませんが実際は、ということで)。
この月からの引力と、遠心力の赤い矢印を足し合わせると、最初に示した起潮力になります。

