固体の比熱については、色々な理論に基づいた結果が独り歩きしていて、少し混乱しているように思えます。
このブログでも別記事で、1モルあたりの固体の比熱(熱容量)は3R(Rは気体定数)となるという古典統計力学の結果を説明をしています。
≫【理想気体のエントロピーの式は熱力学第三法則を満たさない?】
でも実際はそんな単純なものではありません。
この記事では混乱を避けるために、実際のデータと理論の関係を再度整理したいと思います。
デュロン=プティの法則
固体の比熱に関する一般的な通則が最初に発表されたのは1819年のことです。
“ピエール・ルイ・デュロン” と “アレクシ・テレーズ・プティ” が、それぞれ独立に「固体(結晶)の定圧モル比熱は、約26JK-1mol-1の同じ値を持つ」という経験則を発表しました。
固体の比熱の理論を知っている人なら
「定圧モル比熱ではなくて、定積モル比熱ではないのか?」
と思うかもしれません(Wikipedia にも定積モル比熱と書いてます)。
でも、当初は定圧モル比熱で見いだされたものです。
※定圧モル比熱は一定圧力条件での物質1モルの比熱、定積モル比熱は一定体積条件での物質1モルの比熱です。
定積モル比熱だと思われている理由
固体の比熱を理論的に取り扱うときは、定積モル比熱の方が簡単です。
統計力学で値が一定という結果が出ているのも、定積モル比熱です。
ですから、普通は最初から定積モル比熱で議論することが多いのです。
でも実験的に最初に見いだされたのは低圧モル比熱に関する経験則でした。
なぜ定圧モル比熱で発見されたのか
では、なぜ定圧モル比熱で経験則が見いだされたのでしょうか?
答えは簡単です。
「実験で得られるのは、定圧モル比熱だから」
比熱は与えた熱量と温度上昇を測定することで求められます。
この実験は、普通は大気圧下の一定圧力条件で行います。
もし実験的で定積モル比熱を測ろうとすると、固体の体積を一定にしたまま温度を上げなくてはいけません。
固体の熱膨張による体積変化が起きないようにすることは現実的にはほぼ無理です。
気体なら体積一定で温度を上げる実験も簡単にできますが、固体ではそうはいかないのです。
ですから、デュロンもプティも、実際に得られた定圧モル比熱のデータを集めて、一般則を見出したのです。
定積モル比熱の求め方
では、固体の定積モル比熱の値はどうやって求めるのでしょうか?
直接測定できないのなら、直熱測定できる特性から計算するしかありません。
そのための関係式を導いてみます。
※定積モル比熱を求めるのは大変だということを言いたいので、数式苦手な方はすっとばしてください。
定圧モル比熱と定積モル比熱の関係式
物質1モルのエネルギーなどを使うと定積モル比熱と定圧モル比熱は次のように表されます。
$${\small c_v= \left(\frac{\partial E}{\partial T}\right)_V}$$
$${\small c_p= \left(\frac{\partial H}{\partial T}\right)_P}$$
(E:内部エネルギー、H:エンタルピー、T:絶対温度、V:体積、P:圧力)
比熱の定義のようなものですね。
${\small H=E+PV}$なので、
ここで
を使うと
これがよく使われる ${\small c_p}$ と ${\small c_v}$ の関係式です。
理想気体で確かめてみる
ちょっと寄り道して、この式を理想気体に適用してみましょう。
理想気体では、内部エネルギーは温度だけの関数なので
$${\small \left(\frac{\partial E}{\partial V}\right)_T=0}$$
また${\small PV=RT}$から
$${\small\left(\frac{\partial v}{\partial T}\right)_P=\frac{R}{P}}$$
$${\small c_P-c_V=P\frac{R}{P}=R}$$
とおなじみの式が出てきます。
固体の場合に戻る
定圧モル比熱 $c_P$ と定積モル比熱 $c_V$ の関係は次のように表されるのでした。
ここで
$${\small \left(\frac{\partial V}{\partial T}\right)_P}$$
は、圧力一定で「温度を変えた時の体積変化」を表します。
これは測定可能な値です。
温度を変えた時の体積増加の割合を示す熱膨張係数${\small \alpha}$を使えば。
$${\small \alpha=-\frac{1}{V}\left(\frac{\partial V}{\partial T}\right)_P}$$
なので、
$${\small\left(\frac{\partial V}{\partial T}\right)_P=-\alpha V}$$
と表すことができます。
問題は
$${\small \left(\frac{\partial E}{\partial V}\right)_T}$$
の方です。
これも測定可能な物質の性質に置き換えなければなりません。
測定を考えると、何かを変えた時の体積変化になることが理想です。
測定可能な特性への変換
測定可能な体積変化だけで定積モル比熱を表すことを目指していきます。
仕事がPV仕事だけ、可逆な変化、温度一定の条件下では、熱力学第一法則から
$${\small dE=\delta q+\delta w=TdS-PdV}$$
となります。
よって
マクスウェルの関係式
を使えば
ここで
を使うと
また、
$${\small \left(\frac{\partial P}{\partial T}\right)_V=-\frac{(\partial V/\partial T)_P}{(\partial V/\partial P)_T}}$$
$${\small \left(\frac{\partial E}{\partial V}\right)_T=T\frac{(\partial V/\partial T)_P}{(\partial V/\partial P)_T}-P}$$
$${\small c_P-c_V=-T\frac{(\partial V/\partial T)_P^2}{(\partial V/\partial P)_T}}$$
${\small (\partial V/\partial P)_T}$は、温度一定で圧力を変えたときの体積変化を表します。
温度一定で圧力を変えたときの体積変化の割合を表す等温圧縮率を${\small \beta}$とすると、
$${\small \beta=-\frac{1}{V} \left(\frac{\partial V}{\partial P}\right)_T}$$
なので、熱膨張係数${\small \alpha}$と等温圧縮率${\small \beta}$を使って
$$c_P-c_V=\frac{\alpha^2VT}{\beta}$$
となります。
これが求めていた式です。
定圧モル比熱と熱膨張率と等温圧縮率という測定可能な特性から、直接測定できない定積モル比熱を計算することができます。
定圧モル比熱で経験式を見出した訳
固体では、定圧モル比熱と定積モル比熱の間に大きな差はなく、定積モル比熱がほぼ一定なら定圧モル比熱もほぼ一定です。
デュロンと プティが、定圧モル比熱で経験則を見出したのは当然のことです。
後から統計力学の結果がわかって初めて、定積モル比熱で比べるという発想が出てくるのです。
デュロン=プティの法則の統計力学からの理論づけ
デュロン=プティの法則は、1871年に “ルートヴィッヒ・ボルツマン” が統計力学を使って理論づけました。
というよりは、まだ黎明期だった統計力学を裏付けるという側面の方が大きかったかもしれません。
統計力学では、分子のエネルギーは各自由度に${\small k_BT/2}$(${\small k_B}$はボルツマン定数)ずつ分配されます。
エネルギー等分配則という統計力学の基本法則です。
固体では、分子はx,y,z方向への振動と同じく3方向へのポテンシャルエネルギーの6つの自由度を持ちます。
${\small E=6k_BT/2=3k_BT}$なので、エネルギーを温度で微分した比熱は${\small 3k_B}$です。
これに、アボガドロ数をかけて1モル当たりに直すと、モル比熱は${\small 3R}$(Rは気体定数)、気体定数${\small R}$は、約8.314JK-1mol-1なので、固体の定積比熱は約24.9JK-1mol-1となります。
$$c_V=3R\fallingdotseq3\times8.314\fallingdotseq24.9{\rm JK^{-1}mol^{-1}}$$
デュロン=プティの法則では、定圧比熱が26JK-1mol-1くらいとされていて、定積モル比熱はそれより少し小さい値になります。
実際の物質の比熱と比べる
この結果はどのくらいの精度で成り立つものなのでしょうか?
実際の物質のデータと比較してみましょう。
固体のモル比熱一覧
各種固体の25℃(氷のみ0℃)、1気圧での定圧モル比熱と、熱膨張率と等温圧縮率の実測値を使って計算した定積モル比熱を表にまとめました。
物質名 | 定圧モル比熱 (JK-1mol-1) |
定積モル比熱 (JK-1mol-1) |
Fe(鉄) | 25.0 | 24.6 |
Cu(銅) | 24.5 | 23.8 |
Ag(銀) | 25.5 | 24.5 |
Zn(亜鉛) | 24.6 | 23.3 |
Pb(鉛) | 26.8 | 25.1 |
NaCl(食塩) | 49.7 | 46.9 |
SiO2(石英) | 44.5 | 44.2 |
H2O(氷,0℃) | 36.6 | 33.4 |
C(ダイヤモンド) | 6.07 | 6.07 |
最初のFeからPbまでの5つは全て金属ですが、定圧モル比熱、定積モル比熱がほぼ一定で大体25JK-1mol-1くらいになっています。
これが ”デュロン=プティの法則” です。
定積モル比熱が24.9JK-1mol-1という統計力学からの計算値も大体あっています。
NaClになると比熱が大きく跳ね上がって、金属の倍くらいになっています。
NaとClからできている化合物なので、NaClが1モルあれば、Na、Clがそれぞれアボガドロ数あることになります。
金属のように単独原子に比べると、原子の数が倍なので比熱も倍になるのは当然です。
ここまでは、割と合っています。
その次の、SiO2やH2Oは原子の数が3倍になるので比熱も3倍になりそうですが、実際は2倍にも届いていません。
そして最後のダイヤモンド。
比熱が、めちゃくちゃ低いです。
理論値と実験値との不一致
デュロン=プティの法則は経験則でしたが、統計力学によって理論的に裏付けられました。
でも問題があります。
統計力学では、(一部を除き)結晶性の物質の定積モル比熱は3Rにならないといけません。
でも実測値は3Rからずれていますし、ダイヤモンドのように大きく外れる物質もあります。
固体の定積モル比熱が3Rになるという結果は、統計力学の大きな成果ですが、同時に限界を示すものでもあるのです。
もう一度表をみると、
- 金属では割と近い値になっている
- 計算値より小さくなっているものがほとんど(鉛以外)
という傾向がみられます。
逆になぜ金属でよく合うのかわからない
デュロン=プティの法則は金属の場合によくデータと合致しています。
でも、これは統計力学的にみると逆に大きな問題をはらむ結果だったのです。
前に説明したように、統計力学では比熱はエネルギー自由度を表すものです。
比熱が3Rというのは、三次元の原子の振動の運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの6つの自由度を持つことから導かれました。
でも本当にそれだけでいいのでしょうか?
金属は自由電子を持っています。
自由電子は、当然運動エネルギーを持って三次元を自由に動きます。
自由電子が3つのエネルギー自由度を持っているので、自由電子を持たない物質よりも$1.5R$比熱が大きくなりそうです。
でも、金属の定積比熱の実測値は${\small 3R}$に近いという結果でした。
低温での比熱
もうひとつデータを示しておきます。
温度を変えた時の固体の比熱の変化です。
*バーロー物理化学(東京化学同人)より
古典統計力学では、比熱は温度によらず一定になるはずですが、実際は低温では比熱が小さくなり絶対零度では比熱もゼロになっています。
この温度依存性が、理論値と実験値との不一致の要因です。
比熱の温度依存性の理論
低温での比熱の挙動は1906年に ”アルベルト・アインシュタイン” によって最初に説明されました。
”マックス・プランク” の黒体放射の理論を応用して、「原子の振動に$h\nu$のエネルギー間隔がある」と仮定することで、絶対零度で比熱がゼロに近づくことを示したのです。
時代はまだ量子力学の黎明期です。
量子力学的な現象は、プランクの黒体放射の理論と、前年にアインシュタイン自身が発表した光電効果の光量子仮説くらいしかない時代です。
光ではなく、物質の振動に量子化を持ち込むという大胆な仮説を早くも1906年に持ち込んだのです。
この結果も量子力学の誕生に大きく貢献することになります。
そして、1912年の “ピーター・デバイ” による「デバイ模型」によって更に詳細に実験値を再現できるようになりました。
アインシュタインの理論でわかったこと
固体の定積モル比熱が${\small 3R}$からずれる理由は、アインシュタインのモデルから説明できます。
充分高温では原子がとりうるエネルギー間隔を無視できるので比熱は${\small 3R}$になります。
原子のエネルギーとエネルギー間隔が近い値になる低温では量子力学の効果で小さくなるのです。
この「充分高温」というのは物質によって異なります。
アインシュタインは原子振動の振動数$\nu$とエネルギー間隔を結びつけました。
原子の振動数$\nu$は、${\small \nu=(1/2\pi)\sqrt{k/m}}$となるはずです。
ここでkはバネ定数に相当する力に関する定数で、mは原子の質量です。
kが大きく、mが小さいほど振動数が大きくなりエネルギー間隔が広くなります。
エネルギー間隔が無視できるほどのエネルギーになる温度が充分高温です。
結合が強く(硬く)、質量の小さい原子ほど高温にならないと比熱が${\small 3R}$に達しないのです。
原子の質量と比熱の関係
もう一度、低温での比熱の温度変化の図を見てみましょう。
Pb(鉛)やCd(カドミウム)などは、室温(300K)付近でほぼ飽和して、充分高い温度になっていると考えられます。
逆にダイヤモンドでは、300Kくらいではまだまだ低温です。
グラフに載っている原子の原子量を順に示してみます。
- Pb:207.2
- Cd:112.4
- Ag:107.9
- Cu:63.5
- Si:28.1
- Be:9.0
- C(ダイヤモンド):12.0
原子量が高いものほど、早く飽和に達するというアインシュタインの理論通りです。
金属がデュロン=プティの法則に比較的合っているように見えたのは、原子量が大きいからだっただけのようです。
ダイヤモンドの場合は、原子の質量だけでなく、結合の硬さも影響して特別飽和が遅くなっています。
ちなみに、ダイヤモンドのデバイ特性温度(温度の指標)は、1840Kです。
これは、ダイヤモンドにとっては1840Kでも、まだまだ低温だということを示しています。
金属の比熱はなぜ3Rに近いのか?
最後の謎は金属の比熱です。
金属の比熱の自由電子の問題の解決は、本格的な量子力学の誕生によって解決されました。
電子は、パウリの排他律に従うフェルミ粒子です。
電子は低い準位から順番に埋まっていきますが、同じ状態には入れないので数が多くなればどんどんエネルギーの高い準位にも入っていくことになります。
金属中には電子が高密度で存在するので、絶対零度でもかなり高いエネルギーまで埋まっていることが想像できるでしょう。
実際に金属中の自由電子の絶対零度でのエネルギー(フェルミ準位)に相当する温度(フェルミ温度)は、10万℃のオーダーになります。
自由電子にとっては、10万℃もまだまだ低温で比熱に影響を与えるほどではなかったのです。
固体だけではなく、物質の比熱は全てのエネルギー自由度のうち、その温度で充分高温と考えられる自由度だけでほぼ決まります。
ですから、高温になるほど自由度が増えて比熱が大きくなるのです。
このことを忘れて、固体の定積比熱は${\small 3R}$とか、2原子気体の定積比熱は${\small 3R/2}$とか単純に考えていると、実測データとの違いに悩む結果になってしまいます。