「特許出願中」「特許第○○○号取得」というように、商品の宣伝に特許が使われることがよくあります。確かに、そう書いてあると信頼できそうな気がするのも事実です。
しかし、安易に信用するのは危険です。
おそらく、「特許出願中」も「特許第○○○号取得」も嘘ではありません。ですから詐欺とは言えませんが、信用できない場合も数多くあります。
そのからくりを解くため、特許の実状について簡単に説明してみたいと思います。
特許の現状
はじめに
最近、知り合いに「特許になるって凄いことでしょう?」と訊かれました。その人が取り扱っている商品に、特許取得という宣伝文句が記載されていたのです。
普段、特許に接していない人の中には「特許を取得する」=「素晴らしい発明」と思っている人が多いことにあらためて気づきました。
そのため、この記事を書こうと思い立ったのです。
ですから「特許の現状を知らない人」を対象にした、入門的な記事になっています。
ちなみに、その知り合いの商品は中々いい発明でした。しかし特許を取得しただけで、それが素晴らしい技術かどうかはわかりません。酷いものも沢山あります。何故こんなことになるのでしょうか?
特許取得までの流れ
特許出願
特許を取得するには、まず特許出願をしなければなりません。特許を取りたい範囲と内容を説明した明細書という書類を作成して特許庁に届け出ます。これが特許出願です。
「特許出願中」
というのは、ここまでの作業を行ったということに過ぎません。
中身なんて誰も見ず、提出したものが自動的に受理されます。どんなものでも特許出願はできるのです。
更にいうと発明である必要すらありません。WEB上の適当な文章をコピペして「明細書です」と言って出願してもいいのです。
実際に、出願された特許の中には、単なる空想や、実現不可能なものはいくらでもあります。それらも「特許出願中」なのです。
ただし、特許出願には費用がかかります。
とは言っても、中身なんてどうでもよく、とにかく出願するだけであれば、数万円程度です。
「特許出願中」
というのは「数万円の費用をかけました」くらいの意味です。
ちなみにここでいう「特許出願中」は個人消費者向けの宣伝文句に使われているものを想定しています。
そうではなく、企業向けのパンフレットなどにも「特許出願中」と書かれている場合があります。WEBサイトで公開されていることも多いので、一般消費者も目にすることがあるでしょう。この場合は意味合いが異なります。
何しろ企業相手に「特許出願中」という宣伝文句は通用しません。
これは、他の企業に対して「特許出してんだから真似すんなよ」と警告するための記述です。
特許公開
出願された特許は、そのうち公開され(日本では出願から一年半後)誰でも見れるようになります。これは自動的に行われますので、特許に相応しいかどうかという判断はまだ何もされていません。
公開特許はコチラで検索してみることができます。
興味がある方は、のぞいてみて下さい。
ただ、年に30万件以上の出願がありますので、その中から面白そうなものとか興味があるものが見つかる可能性は少ないことを肝に銘じて下さい。
知りたい特許を検索で見つけるには、相応のスキルが必要なのです。
審査請求
特許庁に対して「この発明は特許になるかどうか審査して下さい」という請求を行うのが審査請求です。この手続きを経て、初めて中身が確認されます。
特許庁の審査官も忙しいので、出願された特許全てに目を通すのは大変です。
ですから「まずは公開するから他社の出願も良く見て、必要なものだけ審査請求してね」というための制度です。
業界の抱えている課題は共通しているため、同時期に似たような発明がされることが多いものです。そのため、特許公開後に審査請求をするという形になっています(場合によっては公開前に審査を求めることもできます)。
権利化
特許庁の審査官が、この発明は特許になると判断したものは、特許として登録されます。
ここまで来たものが「特許第○○○号」という称号を得ることができるのです。
ただし、特許になったから安心という訳ではありません。
特許庁の審査官だって万能ではありません。特許にすべきものではない発明が特許になることもあります。そんな場合のために、特許の取り消しを求める制度も残っています。
話がこじれると、特許庁の手を離れ、裁判所までもつれ込むことがあります。
特許になった発明は凄いのか
特許の判断基準
「特許第○○○号」という称号は、特許庁の審査官が中身を見て特許に相応しいと判断された発明のみに与えられます。
というと、凄い発明なんだろうな、と思われるかもしれません。でも、そうとは限らないのです。
それを説明するために、「特許第○○○号」と書くことだけを目的とした意味のない特許を取得する方法を考えながら、特許の判断基準を見ていきたいと思います。
発明かどうか?
特許を取得するためには、発明であることが第一条件です。当たり前ですね。
ちなみに、特許法で発明とは「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度なもの」とされています。
何だか凄そうです。
これをクリアするためには、やっぱり凄い技術が必要なんだ、と思うかもしれません。
でも、そうではありません。
「自然法則を利用しているかどうか」
「高度かどうか」
そんなことどうやって決めるのでしょうか。判断基準によって、どうにでも解釈できると思いませんか。
実は、ここのハードルはそれほど高くありません。
「自然法則を利用している」というのは、広い概念です。
発明品そのものが自然法則を利用していなくてもいいのです。発明品を作るときの原料や、加工方法のどこかに、自然法則が利用されているだけでも大丈夫です。
そう考えると「自然法則を全く利用していない」ものを探す方が難しいくらいです。
よほどのことがない限り、クリアできます。
また「高度かどうか」というのは基準が不明瞭です。
何が高度か? なんて主観的なものです。
ですから、特許の審査で「高度かどうか」が争点になると、水掛け論になってしまいます。
審査する立場からすると「高度かどうか」で争うより、もう少し判断基準が明確な部分で争いたいと考えるでしょう。どうせ、程度の低すぎるものは、他の部分で特許性がないということになるはずですから。
結局、ここで落ちるのは、単なる空想や、実現不可能なもの(自然法則に反するもの)くらいです。
意味のない発明でも、この段階は簡単にクリアできます。
産業上実施可能かどうか
次のステップが産業上実施可能かどうかという判断です。
今の場合は特許を宣伝文句に使おうとしているのですから、何の障害もありません。
実際にものがあって、売ることができる、つまり産業上実施しようとしているから、宣伝文句が必要なのですから。
新規性
今までに知られていない新しい発明かどうかという判断です。
「特許第○○号」という宣伝文句だけが必要な場合、これもクリアできます。
とにかく範囲を限定していくだけです。
例を挙げてみましょう。
新しいボールペンで特許を取得するとします。別に新しい機能がある訳ではないとします。
「直径が12mmのボールペン」
みたいな発明です。そんなのはデザインの問題だから、特許ではないと思われるかもしれません。
でも「人間工学に基づいた疲れにくいボールペンだ」と主張したとしたらどうでしょう。何となく発明っぽくなります。こういう主張で特許にすることを想定しましょう。
実は「直径が12mmのボールペン」というのは、特許の請求範囲になりません。12mmぴったりのものを作ることができないからです。
「直径が11mm~13mmのボールペン」
とうように範囲を決めてやる必要があります。でもおそらく「直径が11mm~13mmのボールペン」は、すでにあるでしょう。
「直径が11.8mm~12.2mmのボールペン」
とすればどうでしょうか。範囲が狭くなると、これまでにはないものになる可能性があります。
何しろ、これまで世の中にあったすべてのボールペンを集めてきて、全部の直径を図ることなどできません。
実際には、何等かの文献、パンフレット、それ以前の特許などに、記載されているかどうかで新規性を判断することになります。
そう考えると「直径が11.8mm~12.2mmのボールペン」という記載がどこにもない可能性があります。「直径が11.99mm~12.01mmのボールペン」まで絞れば、もっと新規な可能性が高まります。
他の特徴も付け加えましょう。何でもいいのです。実際に特許取得の称号をつけて売ろうとしているボールペンの特徴を列挙するだけです。適当に書いてみます。
「材質に○○を使い、硬度が6~6.1の間で、直径が11.99mm~12.01mmの範囲にあり、長さが100~101mmで、重心がペン先から39~30mmの位置にあるボールペン」
果たして、これをすべて満たしたボールペンのことが記載された文献はあるでしょうか? なさそうな気がします。
あったとしても問題はありません。他にも要件を付け加えたり、範囲を狭めたりしていくだけです。そのうち、どこにも記載のない新しいボールペンの発明になります。
普通は、こんな狭い特許を取得しても意味はありません。他社が真似をしてくることなど絶対にないのですから、権利など無いに等しいからです。
でも、今は「特許取得」の称号だけがあればいいのです。いくら範囲を狭めても問題ありません。
これで新規性はクリアされます。
進歩性
最後のハードルです。
いくら新しくても、誰もが簡単に思いつくようなものは特許になりません。これを進歩性と言います。
とりあえず特許にするだけなら、これが唯一の関門と言っていいでしょう。
進歩性を上手く主張することが特許取得の鍵で、腕の見せ所です。
当然ですが、色々な特性を列挙したボールペンだけでは、進歩性は主張できません。
「こんなに沢山の特徴を合わせたボールペンなど、誰でも思いつくことはできない」
という主張だけでは駄目なのです。
ここで重要になるのは、効果です。そのボールペンにどんな効果があるのかという主張が必要なのです。
「これだけの特徴を合わせ持つことで、こんな効果が発現するなんて簡単に思いつくことはできない」
という主張です。
先ほどは、とりあえず「人間工学に基づいた疲れにくいボールペンだ」と想定しましたが、これだけで効果を謳うことはおそらくできません。実際に効果があることを示すことが難しいからです。
ここで上手い効果を編み出すことができるかどうかが特許取得のポイントです。
例えば「日本人女性の平均的な大きさの手を持った人が強い筆圧で書いた時に疲れにくい」というように効果を絞るような手が良く使われます。
「本当にそんな効果があるのか」
「列挙した特徴と効果が関係あるのか」
という疑問に答えることができるような効果を探していくのです。
そこで重要になってくるのがデータです。実際にテストをした結果を示す、これが一番簡単な方法です。
誰かに、目的のボールペンと、違うボールペンで実際に字を書いてもらい、疲れ具合を判断してもらい、その結果をつけて出願するのです。
このデータは多いほど効果があります。
できれば、列挙した特徴のどれかひとつが少し違うボールペンを特徴の数だけ用意するのが望ましいでしょう。
前に「特許のデータはねつ造だらけ? 不正論文どころじゃない」という記事で書いたように実施例は厳密でなくても問題ありません。被験者の数が少なかったり、疲れにくさの評価があいまいだったりしても、問題はありません。
とりあえず、色んな人にテストしてもらいましょう。そして、どのボールペンが疲れにくかったか適当に判定してもらいます。数多くやれば、目的のボールペンが一番疲れにくいと感じた人も出てくるはずです。そうしたら、その人の手の大きさとか、筆圧とか、姿勢とかを計測します。
「手の大きさが○○で、筆圧○○で、○○の姿勢で書いたときに、疲れにくいボールペン」の実験結果のできあがりです。
これはねつ造ではありません。嘘はついていません。
これは一例ですが、上手くやれば特許になる可能性が出てきます。
この発明のように、特許になっても誰も困らず、後々問題になることがない発明は、審査が甘くなる傾向もあります。
こんな細かい特徴をすべて満たすボールペンなど他の会社が作ろうとしないし、こんな特別な条件を満たす人にとって疲れにくいボールペンに需要などない、権利としては何の意味もありません。
でも、このボールペンは特許第○○号取得という宣伝はできることになります。
特許取得は凄くない?
さすがに上の例ほど酷い特許は少ないでしょう。
でも、全然凄くない特許が存在することは、わかって頂けたと思います。
権利の有効性を無視してとにかく特許にさえなればいいのであれば、腕のいい弁理士なら大抵のものは特許にします。
最近は少なくなってきていますが、以前は研究者に特許のノルマがある企業が沢山ありました。そのため、ノルマをこなすためだけの質の悪い特許が山のように存在します。
もちろん、素晴らしい特許もあります。でも割合としてはかなり少ないのが実状です。
私自身、新しいテーマを始めるときは特許を検索し、何千件という特許に目を通します。その中で、技術的に新鮮な特許は十件もあればいい方です(分野によってかなり違いますが)。
凄くない特許の方が圧倒的に多いのです。
「偉そうなことを言って、そういうお前はどうなんだ?」
申し訳ありません。質の悪い特許を増やしている張本人です。
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