【目からうろこの熱力学】その5 前回の記事で、熱力学第二法則の表現のひとつ「クラウジウスの定理」を説明しました。 次は「トムソンの定理」です。 熱力学第二法則をより深く理解し、扱いやすい形にするために必須の定理です。 ここからが、熱力学第二法則の本番かもしれません。 この記事は、前回のクラウジウスの定理の記事を読んでいることを前提に説明しますので、まだ読んでない方は先に「熱力学第二法則は簡単? クラウジウスの定理」を読んでください。
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トムソンの定理
トムソンの定理とは?
いきなりですが、トムソンの定理を紹介します。 「一つの熱源から熱を受け取り、これを仕事に変えるときに、他に何の変化もおこさないようにすることはできない」 難しい表現です。 初めてこの文章を見て、すぐに意味が理解できる人がいるのでしょうか。 でも、恐れることはありません。そのために、クラウジウスの定理を長々と説明したのですから。 解読法は同じです。 一番難しい「他に何の変化もおこさないようにすることはできない」は解読済みです。 熱源も解読済みです。 ということで、図を使った説明に移ります。 いやぁ、クラウジウスの定理を先に説明しておいてよかった。そうじゃなかったら、どう説明すればいいかわからないところでした。
トムソンの定理のイメージ図
クラウジウスの定理で示したのと同様に、イメージ図を書いてみました。熱源がひとつあり、装置があります。この装置は、外部とは何のやりとりもありません。 そして、新しく「仕事溜め」というものを作りました。 「仕事」とは、熱以外のエネルギー移動です。 動力が伝わると考えていいでしょう。仕事溜めは、その動力を溜めるものです。 装置から動力を受け取ったら、その動力でおもりを持ち上げるような装置を想像すればいいでしょう。そうすれば、逆におもりが下がるときの力で装置に動力を与えることもできます。 おもりでなくても、バネやゼンマイ、発電機(モーター)を備えたバッテリー何でもOKです。仕事を溜めることさえできれば、それを仕事溜めとして使えます。 で、図の説明です。 まずは上の赤い矢印 装置が熱源の熱を受取り、仕事に変えて仕事溜めに移すことを示しています。 これは、トムソンの定理で禁じられています。 ですから、もしこの現象が起きたとしたら、装置の中で何らかの変化が起きていることになります。そして、変化し尽したら、そこで装置は停止します。 クラウジウスの定理と同じことですね。 逆に下側の茶色の矢印 装置が仕事溜めから仕事を受取り、それを熱として熱源に移す操作です。 これは、トムソンの定理で禁じられていません。ですから、これは自然に起きることができます。装置の中に何も変化を起こさないようにできるのです。 赤の矢印は自然に起きない、茶色の矢印は自然に起きるこれがトムソンの定理です。
トムソンの定理の意味合い
少し話題を変えてみます。 「止まっているものが、何もしないのにいきなり動き始めることはあるでしょうか?」 ありません。 では、なぜあり得ないのでしょうか? 「エネルギー保存の法則に反するから」 これが答えのひとつです。 力学的エネルギー保存の法則だけなら、これで正解です。 しかし、熱力学第一法則で内部エネルギーを導入し、熱がエネルギー移動の一形態であることを知りました。 こうなると話は別です。 床にボールが落ちているとします。 周囲の空気の内部エネルギーが熱としてボールに伝わり、そのエネルギーでいきなり動き出す(運動エネルギーに変わる)としたらどうでしょうか? エネルギー保存則(熱力学第一法則)には反していません。 これは、動いているボールが摩擦で止まる(ボールの運動エネルギーが摩擦熱という形で周囲に移ること)の反対です。 摩擦があってもエネルギー保存則が満たされるようになったのですから、当然逆の現象もエネルギー保存則を満たすのです。 ◆止まっている車がいきなりマッハの速度で動き出す。 ◆大きな石がいきなり飛び上がって大気圏を飛び出す。 何でもありです。 それに応じた量の熱が奪われて、回りの温度が下がれば帳尻が合ってしまいます。 仕方ありません。 内部エネルギーというどこにでもあるエネルギーと、特別なことをしなくても伝わる熱というエネルギー移動方法を導入した代償です。 ですから、これを防止する新しい法則が必要です。それがトムソンの定理(熱力学第二法則)なのです。 よく、物事はエネルギーが低い状態に向かうなどと言います。 これは間違いです。 熱力学第一法則ではエネルギーは必ず保存します。 エネルギーが低い状態というもの自体がありません。 物事が変化する方向はエネルギーで決まっているのではなく、熱力学第二法則で決まっているのです。
エネルギーの質
「目からうろこの熱力学」の最初の記事「ところでエネルギーって何?省エネ時代の必須知識「熱力学」を知ろう!」で、 エネルギーの消費とは、エネルギーが無くなることではなく、エネルギーの質が落ちて使えなくなることだと説明しました。 トムソンの法則で、その意味が少し見えてきます。 エネルギーは一度熱として伝わると、仕事として(完全には)取り出せなくなる のです。 これが、エネルギーの質の劣化です。 力学的エネルギー保存の法則では、エネルギーの定義は「仕事をする能力」でした。これでは「仕事として使えないエネルギー」というものはあり得ません。 「ところでエネルギーって何?省エネ時代の必須知識「熱力学」を知ろう!」で、エネルギーの定義を置き換えたのはこのためです。 ですから「仕事をする能力」という力学的エネルギー保存則のエネルギーの定義を、そのまま熱力学まで拡張してはいけません。
熱源がふたつある場合
熱から仕事を取り出す方法
しかし、熱として伝わったエネルギーが仕事として取り出す、つまり動力として、絶対に使えないとなると大変です。 蒸気機関も現在のエンジンも、石炭やガソリンを燃やし、そこから熱として伝わったエネルギーを動力に変えています。熱から仕事を取り出しています。 これはどういうことでしょう。 ヒントはトムソンの法則の最初の言葉「一つの熱源から」にあります。 熱源がふたつ以上あれば、熱から仕事にすることができるのです。 ということで、熱源がふたつある場合を考えてみます。 図にするとこんな感じです。
クラウジウスの定理の図と、トムソンの法則の図を合わせたようなものです。
この場合、装置から仕事溜めへのエネルギー移動を自然に(装置には何の変化もないように)行うことができるのです。
仕事溜めにエネルギーが移るのですから、その分熱源から熱が奪われていなければなりません。
そして、高温熱源、低温熱源ともに、熱量変化があるはずです。片方だけしか変化しなければ、ひとつの熱源と同じです。トムソンの定理に反します。
それなら
「両方の熱源から熱が奪われ、それが仕事になる」
のでしょうか? 両方の熱源に変化があります。
これは駄目なのです。もしこれが自然に起これば、ひとつの熱源から熱を仕事に変えることができてしまうのです。
1.両方の熱源から熱が奪われて仕事になる
2.高温熱源から低温熱源に熱を移動させる
3.低温熱源が、1で奪われた熱と2で得られた熱が一致した状態で止める
4.低温熱源は、最初と全く同じ状態になる
5.低温熱源と装置には何の変化もなく、高温熱源の熱が仕事溜めの仕事になる
2は、クラウジウスの定理から自然に起こせる現象です。 もし、1が自然に起きたら、4も自然に起きることになります。高温熱源の熱を仕事に変えたことになります。装置の中に低温熱源を入れてしまえば、ひとつの熱源の図と一緒です。
これはトムソンの定理に反します。
トムソンの定理に反しない方法はひとつだけです。
高温熱源は熱を奪われ、低温熱源は熱を与えられる、 そしてその差引分が仕事になるしかありません。
この場合、熱源の変化を元に戻すためには、低温熱源から高温熱源に熱を移動をしないといけないことになります。 そして、それはクラウジウスの定理に反していて、自然には起きません。
高温熱源からの熱を仕事にするためには、熱の一部を低温熱源に捨てなくてはならない のです。
見方を変えてみます。
高温熱源から熱を受取り仕事にするときに、高温熱源から低温熱源への熱移動という変化が起きた
他に変化があれば、熱源の熱を仕事にできます。その変化が高温から低温への熱移動だという解釈もできます。
エンジンの作用
蒸気機関やエンジンがどうやって動力を得ているのか、ここまでくればわかります。 なぜ石炭やガソリンを燃やす必要があるのか? それは周囲よりも高温の場所を作る必要があるからです。 ガソリンを燃やして周囲より高温の部分を作り、それを高温熱源とし、周囲を低温熱源とすることで、動力を得ているのです。 もし、ひとつの熱源から仕事を取り出せるのなら、わざわざ燃料を燃やす必要はありません。 燃料を燃やして高温部を作り、その熱を動力に変えるとともに、低温の周囲に熱を発散する、それがエンジンの作用なのです。
クラウジウスの定理との関係
ここで、トムソンの定理とクラウジウスの定理の関係を見てみましょう。 まずトムソンの定理に反する現象があると仮定します。 ひとつの熱源から熱を奪い、仕事に変えて他に何の変化もない場合です。 1.低温熱源から熱を奪い、仕事に変える。 2.得られた仕事を全て高温熱源の熱に変える。 3.低温熱源から高温熱源に熱が移動して、それ以外には何の変化もない。 2は自然に起きます。トムソンの定理に反する1が自然に起きれば、クラウジウスの定理に反する3の現象を起こすことができるのです。 逆にクラウジウスの定理に反する現象が起きるとしましょう。 1.低温熱源から高温熱源に熱を移動する 2.高温熱源と低温熱源を使い、仕事を取り出す 3.低温熱源が1で奪われた熱と、2で与えられた熱が同じのところで止める 4.高温熱源から熱が奪われ仕事になり、他に何の変化もない クラウジウスの定理に反する1が起きれば、トムソンの定理に反する4も自然に起きることになります。 ということで、 ◆トムソンの定理に反する現象は、クラウジウスの定理にも反する。 ◆クラウジウスの定理に反する現象は、トムソンの定理にも反する。 どちらかに反して、どちらかに反しないということは、あり得ません。 ある現象が起きるかどうかの判定は、クラウジウスの定理を使っても、トムソンの定理を使っても、必ず結果は一致するのです。
熱力学第二法則の続き
その他の熱力学第二法則の表現
その他の熱力学第二法則の表現をふたつ紹介しておきます。 「熱効率100%の熱機関を作ることはできない」 熱機関とは、熱から動力を取り出す装置のことです。 それも一回限りではなく、何サイクルも繰り返すことができる(機関という言葉がそれを表しています)ものを熱機関と呼びます。 つまりエンジンです。 ガソリンを燃やしたエネルギーを100%動力に変えることができないという定理です。 トムソンの定理から、高温熱源の熱は一部を低温熱源に捨てなければならないため、その分のロスは必ずあるということです。 トムソンの定理をエンジンの効率という観点から表現したものです。 「第二種永久機関は実現できない」 永久機関には、第一種永久機関と第二種永久機関の二種類があります。 第一種永久機関とは、何もないところからエネルギーを産み出すもので、熱力学第一法則によって否定されます。 第二種永久機関は、ひとつの熱源の熱から仕事を取り出す装置です。 周囲の熱を奪って動力に変えるので、いくらでも動力を取り出すことができます。周囲の温度が下がっても、回りから熱がどんどん伝わってきます。 得られた動力を私たちが消費すると熱になってしまいますが、その熱をリサイクルすることで永久にエネルギーを産み出すことができるという、エネルギー保存則には反しないタイプの永久機関です。 永久機関という言葉を使うと、熱力学第一法則と第二法則を上手く対比させることができます。 ◆熱力学第一法則:第一種永久機関はできない ◆熱力学第二法則:第二種永久機関はできない 熱力学というのは、なんて意地の悪い法則なんだろう。
これだけでは終われない
これで、熱力学第二法則の説明は終わりです。 といきたいのですが、そういう訳にはいきません。 ここまでの説明で、気になることはありませんか? 「他に変化がないようにすることはできない? どの程度の変化があればできるんだ?」 「一部を低温熱源に捨てなければならない? 一部ってどれくらいだよ」 その通りです。何ひとつ、定量的な話がでていません。 「他に変化がないようにすることはできない」といっても、変化をいくらでも小さくできるのなら、問題ありません。 熱効率100%はできなくても、99.999%が可能ならそれでいいのです。 熱力学第二法則は定量性がないものではありません。そんなものは物理理論とは呼べません。 ここまで紹介した熱力学第二法則の表現には、定量的なことは直接出てきていませんが、もう少し深く考えていくと、ちゃんと定量的な理論になります。 次回からは、その説明をしていきます。 「目からうろこの熱力学」前の記事:熱力学第二法則は簡単? クラウジウスの定理
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