具体的な例で説明する熱力学の第3回目です。
ここまで、水と水溶液の混合を例に、熱力学第一法則と第二法則の序論を説明してきました。
溶液を希釈するという単純なことでも、上手くやれば仕事(力学的なエネルギー)が取り出せるからことを示し、仕事をいくらでも取り出せると考えにくいので上限があると仮定しました。
今回は、その最大値を決める方法を考えてみます。
取り出せる仕事の最大値
水溶液と水が分離している状態1から、均一に混ざっている状態2に変化させるとき、半透膜を使った方法で仕事が取り出せることを示しました。
半透膜を使う方法以外にも、仕事を取り出す方法がおそらくあるでしょう。
その時に取り出せる仕事の最大値について考えていきます。
半透膜を使った方法での最大値
とは言ってもどこから手を付けていいのかわからないので、まずは半透膜を使った方法での最大値を見てみます。
状態1で水溶液と水の仕切りを半透膜にして、左右に動けるようにした半透膜に重りを付ければ、重りが持ち上げられて位置エネルギーとしてエネルギーを取り出すことができます。
このときの位置エネルギーの変化は、重りの質量をm、持ち上げられた高さをhとすれば、mghとなります。
mを大きくしていけば、取り出せるエネルギーが大きくなるということです。
とは言っても、いくらでもmを大きくできるわけではありません。
浸透圧で持ち上げられる重さでなければなりません。
ですから、浸透圧の力と釣り合う重さが最大です。
溶液の濃度
浸透圧は溶液の濃度によって変わります。
半透膜が左に動くと、溶液が薄まって浸透圧が低くなるので、持ち上げることのできる重さが小さくなっていきます。
釣り合っているときが最大ですから、最大の仕事をとりだすには浸透圧と常に釣り合うよう、錘の重さを変えていかなければなりません(ギアなどを使ってもいいですが)。
面倒なので、溶液の濃度は変化しないとしましょう。
水に比べて溶液の方が圧倒的に多く、水が混ざっても濃度はほとんど変化しないような状況を考えるのです。
太平洋にコップ一杯の水を足しても、塩分濃度は変わらないといったイメージです。
今後は、全てこの条件で考えていきます。
最大値の計算
浸透圧をπとして、半透膜の面積をAとすれば、発生する力はπAで表されます。
力が釣り合う重りの質量をm、重力加速度をgとすれば、πA=mgです。
錘が持ち上げられる高さhは、半透膜の移動距離Lと等しいので、
mgh=πAL=πV
ここで、Vは水の体積になります。
半透膜を使った方法で取り出せる仕事の最大値は、πVだということがわかりました。
半透膜以外の方法での最大値は
半透膜を使った方法で取り出せる仕事の最大値は、浸透圧をπ、水の体積をVとして、πVで表されることがわかりました。
では、状態1から状態2に変化させるときに、これより多くの仕事を取り出せる方法はあるのでしょうか。
実は、そんな方法はなく、半透膜を使ったπVが最大値なのです。
なぜなら、状態1から状態2への変化で、πVの仕事を取り出す方法が可逆的だからです。
可逆的というのは、言葉通り「逆も可」である変化のことです。
逆の変化を考えてみる
これまで、状態1から状態2への変化を考えてきました。
それとは逆に、状態2から状態1への変化、均一に混ざった溶液から一部の水を分離させることを考えてみます。
これは、放っておいても勝手に変化することはないので、工夫して分離させてやらなければなりません。
そこで半透膜を使ってみましょう。
溶液の左端に半透膜を入れ、それを右に動かしていくと溶液と水に分離します。
このとき、浸透圧に逆らう方向へ動かすので、仕事が必要になります。
簡単な方法は、半透膜と浸透圧に逆らえるだけの重たい錘をつなげる方法です。
このとき、錘が下がって位置エネルギーが低下します。
その低下量は、錘の重さをm、下がった距離をhとすれば、重力加速度そgとすれば、mghです。
この仕事をできるだけ小さくしていきましょう。
mを小さくしていくのです。
小さくしすぎると、半透膜を動かすことができなくなります。
浸透圧と釣り合う重さが最小です。
そのときの仕事は、πVです。
溶液と水の混合で得られる仕事の最大値と同じ値になりました。
状態1から状態2への変化でπVの仕事を取り出し、πVの仕事を使って状態2から状態1へ戻せば、プラスマイナスゼロです。
錘を含めても、全く元通りになります。
これを可逆的な変化と呼びます。
可逆的ならなぜ最大値なのか
可逆的なら、なぜ最大値と言えるのでしょうか。
状態1から状態2へ変化させるとき、πV以上の仕事が得られる方法があったとします。
その方法で状態2にしたあと、半透膜を使ってπVの仕事で状態1に戻します。
すると、トータルでは得られた仕事の方が多くなります。
状態は1に戻っているので、同じことを繰り返すことができます。
これをどんどん繰り返していけば、いくらでも仕事が取り出せることになります。
取り出せる仕事に最大値があるという仮定に反するのです。
ですから取り出せる仕事に最大値があるとすれば、可逆的な方法で、その一例が半透膜を使ったπVだということがわかります。
他に可逆的な方法があった場合
半透膜以外にも可逆的な方法があればそれも最大値です。
半透膜でのπVと完全に一致しないといけません。
そうでなければ、仕事がいくらでも取り出せることになってしまいます。
実際に、他にも可逆的に仕事を取り出す方法はいくらでもあります。
半透膜と同じように、その最大値を計算することもできます。
そして、それらがみんな同じ値になるのです。
次回から、実際に他の方法をいくつか紹介していきます。
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