樟脳は衣類の防虫剤として使われていて、タンスの匂いとして記憶している方も多いと思います。
ツンとくる強い匂いではなく(他の防虫成分の匂いです)、少し柔らかい香りです。現在でも天然成分の防虫剤として人気があるようです。
この樟脳、実は防虫以外にも色々な作用があり、人々の生活には欠かせないものでした。
今回は、多くの用途があるユーティリティー物質「樟脳」について、簡単にわかりやすく説明してみます。
樟脳は天然成分、自然由来の物質
樟脳は6世紀のアラビアで作られていたというほど古くから知られてたものでした。化学的な合成などできない時代ですから、完全天然成分です。
樟脳の原料はクスノキの葉
樟脳はクスノキの葉や枝に含まれている成分です。クスノキの葉を鼻に近づけると樟脳の匂いがします。
このクスノキの葉から取り出せば樟脳の出来上がりです。
水で煮だして、発生した水蒸気を冷却すると、水の上に樟脳が浮かび上がってきます。
簡単なようですが、効率よく上質の樟脳を作るには、伝統の技があるようです。
化学合成された樟脳
現在では樟脳を化学合成することもできます。
1920年代に樟脳の化学合成法が確立され、大量に使われるようになりました。ちょうど樟脳が多量に使われていた時代です。
「樟脳と言えば天然成分」という訳ではなく、化学合成品も出回っています。
とはいうものの、化学合成品も主原料はマツから抽出されるα-ピネンという物質を主原料にしていますので自然由来と言えるのかもしれません。
天然樟脳と合成樟脳は実は全く同じものではありません。樟脳にはd体とl体というふたつの形態があり、それぞれ鏡で写したような構造をしています(d体を鏡に映すとl体になる)。違いはそれだけなので化学的な性質はほとんど変わりません。これを光学異性体と呼びます。
天然樟脳はd体で、合成樟脳はd体とl体が半分ずつ混ざったラセミ体と言われる構造をしています。どちらも化学的な性質はほとんど変わらないのですが、生物にとっては違います。
生物は光学異性体の固まりのようなものなので、生体に対する作用は異なることが多いのです。
樟脳の特徴である香りも、違うのかもしれません。実際にラセミ体になると不快臭になる香料もあるようなので。
樟脳の用途色
樟脳の用途として、衣服の防虫剤を思い浮かべることが多いかもしれません。ゴキブリ、ムカデなどを近づけさせない効果もあります。
このような防虫剤としての用途以外にも様々なシーンで樟脳は使われてきました。
塗布くすりとしての樟脳
樟脳には、血行促進作用、鎮痛作用、消炎作用、鎮痒作用などの効果があります。効果を並べただけで重宝されてきた理由がわかるでしょう。
かゆみ止めや湿布薬などのように皮膚に塗布するくすりとしては万能と言ってもいいくらいで、現在でも広く使われています。
樟脳を塗布すると、ミントのような清涼感が心地よいという副次的な作用もあります。
内服薬としての樟脳
樟脳の血行促進作用を活かして強心剤として服用されることもありました。
現在ではこの用途に使用されることはありませんが、その名残りが比喩表現として使われています。
カンフル剤という言葉を聞いたことがあるでしょう。上手くいかないときにそれを打開するための即効性のある(ちょっと刺激が強い)手段をカンフル剤と呼ぶことがあります。
この「カンフル」というのは「樟脳」のことです。
樟脳はオランダ語で “kamfer(カンフル)” と呼ばれているのです。
英語では “camphor” です。読みとしてはカンファ―という音が一番近いでしょうが語源は同じです。
ちなみにクスノキは英語でCamphor treeといいます。
樟脳には毒性がある
内服薬に使われてきたからと言って、樟脳を口にしても安全なわけではありません。
逆に内服薬に使われるほど作用する物質ですから、量を間違えると大きな影響があらわれます。
発作や精神錯乱、神経の障害などの原因になりますので、決して口にしないでください。天然由来由来だから大丈夫などと安易に考えないように。
香料としての用途
樟脳はその独特の香りから香料としても使われています。
またアロマオイルとしても人気があります。
セルロイドの原料
変わった用途として、樟脳はセルロイドの原料としても使われます。
前に述べた1920年代に樟脳が多量に使われていた時代は、セルロイド原料としての用途が主でした。
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現在ではセルロイドの衰退とともに、この用途はほとんどなくなっています。
樟脳船って知ってますか?
樟脳の用途というと場違いかもしれませんが、樟脳船と呼ばれるものがあります。
小さなおもちゃの船の後ろに樟脳の欠片をつけるだけで出来上がりです。
この樟脳船を水に浮かべると、樟脳が水面に広がりながら船が進んでいきます。まっすぐ進むだけではなく、意外な動きをしたりして結構楽しいものです。
この樟脳船、樟脳が溶けて広がる力で前に進むのではなく、水の表面張力で動くちょっと不思議な現象で、それが意外な動きを生み出すのです。
昔は、縁日の露店等で売られていた一般的な玩具だったようです。