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トリチェリの実験とは? 真空を作り出すのに水銀を使った理由

トリチェリの実験は、人類が初めて真空を作りだした実験として知られています。

17世紀に ”エヴァンジェリスタ・トリチェリ” が行った水銀を使った実験です。

当時としては画期的な実験でしたが、その意義は当時の状況や歴史を考慮しないとわからないかもしれません。

そこで、トリチェリの実験の内容と意義について歴史を踏まえながら、わかりやすく説明してみます。

目次

真空は存在するのか?

古代ギリシア時代から「真空は存在するのか?」ということが議論されていました。

真空は何もないという意味ですから、「何もないものが存在するのか?」という、禅問答のような問いかけですね。

深くは考えず、「何もないという状態が成立するのか?」と言った意味合いで考えていいでしょう。

古代ギリシャの論争

古代ギリシャでは、有名なところではデモクリトスが真空の存在を認めていました。

しかし、かのアリストテレスが「自然は真空を嫌う」として、空間には絶対に何かの物質が充満していて真空は存在しないとしました。

アリストテレスは、古代ギリシャ哲学を総まとめした「万学の祖」とも呼ばれる存在です。

アリストテレスが知の集大成で、彼の考え方を学ぶことが知的なこととされていた時代が続き、その間ずっと正しいと信じられていたのです。

トリチェリの実験

1643年に “エヴァンジェリスタ・トリチェリ” が「トリチェリの実験」を行います。

一方を封じた管の中に水銀を入れ、水銀が漏れないように抑えたままひっくり返して水銀浴槽に漬けるという実験です。

トリチェリの実験

このとき、菅の長さが充分長ければ(760mmより長い)、水銀が重力で下がって管の上に空隙ができます。

元々、水銀以外に何も入っていない(もちろん空気も)ところに空隙ができたのですから、これは真空だということになります。

トリチェリは、実験になぜ水銀を使ったのか?

トリチェリはこの実験になぜ水銀を使ったのでしょうか?

この実験は液体を使わなければできません。

そして、その液体が重いほど、重力が大きくなって真空ができやすくなります。できるだけ重い液体ということで、水銀が選ばれました。

何しろ水銀の密度は約13.5g/cm3ですから、水の13倍以上もの重量があります。鉄の密度が約7.8g/cm3、重たいことで知られる鉛で約11.41g/cm3と考えればどれほど重いかわかるでしょう。

≫≫水銀 身近に使われている室温で液体の不思議な金属

その重たい水銀を使うと約760ミリメートルの高さで真空ができるのです。

1メートルくらいの管を作って、そこに水銀を入れてひっくり返す、簡単なことではありませんが、なんとか実験ができそうな気がします。

もし、水銀ではなく水を使って同じ実験をするとどうなるでしょう。

同じ方法で、水を使って真空を作り出すためには10メートル以上の管が必要になります。

トリチェリの実験を水で行うのは(手作業では)事実上不可能と言ってもいいでしょう

現実問題として、水銀以外の選択肢はなかったのです。

気圧の測定

トリチェリの実験によって、管の中の水銀が槽の液面よりも高くなるのは、

自然が真空を嫌っているから真空にならないように水銀が昇っている

のではなく

液面にかかる気圧(空気の重さ)によって水銀が押し上げられている

ということがはっきりしました。

ですから、トリチェリの実験は、そのまま気圧の測定法として使えました。

押し上げられた水銀の高さを測ることで、気圧の大小を表すことができるのです。

この方法で測った水銀の高さをmmHg(ミリメートル・エイチジーまたはミリメートル水銀)と呼んで、そのまま気圧の単位になりました(Hgは水銀の元素記号)。

また、mmHgをTorr(トル)と表すこともあり、このTorrはトリチェリの名から採ったものです。

mmHgやTorrは、気圧だけでなく圧力全般の単位として使うことができます。

現在では圧力はパスカル(気圧の場合はヘクトパスカル)という単位を使うことが標準になっていますが、それまではトリチェリの名を冠した単位が使われていたのです。

≫≫ヘクトパスカルとは? 気圧の単位を簡単に説明

ちなみに、現在でもmmHgは血圧を表すときに使われています。

※計量法という法律で、mmHgは血圧の場合だけ使うことが許されています。

水銀血圧計

水銀を使った圧力計として一般の方が思い浮かべるのは血圧を測定するときに使うものでしょう。
トリチェリの実験や気圧計のように真空を作って液面の高さを見るのではなく、大気圧との圧力差による液面の高さの変化をみるものです。
ちなみに血圧100mmHgは水銀柱の高さが100mmになる圧力ですが、これを水銀ではなく水でやろうとすると1mを軽く超える高さになってしまい実用的ではなくなってしまいます。
トリチェリの実験といい血圧計といい、水銀の「比重の大きい液体」という特性は他の液体ではできないことを可能にしてくれる便利なものですね。

真空ポンプの限界

井戸からポンプで水を汲み上げるとき、10メートル以上の高さでは水を汲み上げることができないことが、昔から経験的に知られていました。

トリチェリの実験は、その理由を明らかにしました。

水の高さが10メートルになると、上部を真空にしても水が上がってこないのです。

大気圧では、10メートル以上水を押し上げるだけの力がないのがその理由です。

原理的なものですから、どんなにポンプを改造しても無理だということがはっきりしたのです。

トリチェリの真空は本当に真空なのか?

トリチェリの実験でできた真空は「トリチェリの真空」とも呼ばれています。

トリチェリの真空は、本当に真空なのでしょうか?

「水銀の蒸気が存在するので真空とは言えない」

という意見も一理あります。

でも、完璧な真空(物質が全く存在しない空間)なんて現代でも作り出すことはできません。

現代の技術と比較するとトリチェリの真空度はどのくらいか

現在、真空は大きく「低真空」「中真空」「高真空」「超高真空」と分けられていて、後になるほど真空度が高くなります。

水銀の室温での蒸気圧は、1パスカル(1ヘクトパスカルの100分の1、大気圧の10万分の1くらい)程度なので不純物の影響を除くとトリチェリの真空はこれくらいの圧力になります(ヘクトパスカルは圧力の単位、詳しくはヘクトパスカルとは? 天気予報で聞く気圧の単位を分かりやすく説明を参照)。

これは、現在の基準でいけば中真空、その中でも真空度が高いレベルに相当します。

一般的な真空ポンプ(油回転式ポンプ)では、到達困難なレベルです、高真空用の特別なポンプを使わないといけない領域です。

トリチェリの真空は、現在一般的に「真空」と呼んでいるレベルに充分達しているのです。

なお、これも実験に水銀を使った効果です。水など蒸気圧が高い(水銀の数十倍)液体を使うとそれだけ真空度が低下してしまいます。

トリチェリの実験の歴史的背景

アリストテレスが信奉されていた時代に反旗をあげたのが ”ガリレオ・ガリレイ” です。

有名なピサの斜塔の実験で「重いものほど速く落ちる」というアリストテレスの説を完全否定しました。

≫≫ガリレオの落下実験 重いものも軽いものも同時に落下するのはなぜ?

そして、ガリレオは地動説を唱えて、アリストテレス派(天動説を信じる)と激しく対立していたことも知られています。

≫≫天動説、地動説から新しい時代へ ガリレオとケプラーとニュートン

トリチェリは、ガリレオの弟子です。

ガリレオの弟子であるトリチェリが、またひとつアリストテレスの説を否定したのです。

こうして、2000年以上続いたアリストテレスの束縛から逃れて、新しい時代に突入していくことになります。  

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