PV=nRTで表わされるボイル=シャルルの法則。
最初に中学の理科で習い、高校の物理でも習う有名な法則ですが、この法則にはあまり知られていない裏の顔があります。
ボイル=シャルルの法則が生まれた背景やその意義を説明することで、学校では教えてくれない裏の顔を浮かび上がらせてみたいと思います。
そして、普段なにげなく使っている温度が、実は難しいものだということを感じて下さい。
ボイル=シャルルの法則とは
まずは、ボイル=シャルルの法則をおさらいしておきましょう。
気体の圧力、体積、温度の関係
ボイル=シャルルの法則は、気体の圧力と体積の関係を示したボイルの法則と、圧力や体積と温度の関係を示したシャルルの法則を合わせものです。
それぞれの法則の説明をWikipediaから引用します。
ボイルの法則
ボイルの法則は、一定の温度の下での気体の体積が圧力に逆比例することを主張する法則である。1662年にロバート・ボイルにより示された。
Wikipedia
シャルルの法則
シャルルの法則とは、一定の圧力の下で、気体の体積の温度変化に対する依存性を示した法則である。1787年にジャック・シャルルが発見し、1802年にジョセフ・ルイ・ゲイ=リュサックによって初めて発表された。
Wikipedia
シャルルの法則の発見が遅すぎる?
ボイルの法則とシャルルの法則が発見された年を見てください。
ボイルの法則の発見から100年以上経ってから、シャルルの法則が発見されています。
ちょっと不思議な気がしませんか?
実験のしやすさ
圧力を変えて気体の体積を測る実験と、温度を変えて体積を測る実験とでは、温度を変える実験の方が簡単そうに思いませんか。
実際、ボイルは圧力を変える実験をするために、当時発明されたばかりの空気ポンプを、自ら改造して作製しなければなりませんでした。
それに比べれば、温度は簡単に変えることができます。
気温の変化
他にも疑問が浮かびます。
ボイルは、実験している時に温度によって体積が変わることに気づかなかったのでしょうか。
ボイルに限りません。
わざわざ実験しなくても、その日の気温によって気体の体積が変わることくらい、誰かが気づきそうなものです。
私たちは、圧力ほぼ一定で、気温が変化する環境で生活しているのですから。
それなのに、なぜ温度変化を表すシャルルの法則の発見が遅れたのでしょう。
温度による体積変化は知られていた
実は、暖めると気体の体積が大きくなることは、ボイル以前に知られてました。
あのガリレオも実験で確かめていたそうです。
もちろん、ボイルも知っていました。
そうでなければ、圧力と体積の関係を示す精密な実験ができるはずありません。
でもシャルルの法則に行きつくことはできなかったのです。
温度を測ること
その原因は、ボイルの時代には温度計がなかったためです。
「暖めると体積が大きくなること」
は知られていても、
「温度と体積の関係を定量的に示すこと」
はできません。
それには、温度計が発明されて実験に使えるくらい普及することが必要だったのです。
温度とは何か?
1700年代になって、温度計が発明されて、シャルル法則が発見される契機になりました。
だからといって「温度」が定義されていたかというと怪しいところがあります。
そのことを説明するために、温度計の歴史に少し触れてみたいと思います。
温度計の発明
現在わたしたちが使っている摂氏温度(℃)や、アメリカなどで使われる華氏温度(℉)も1700年代に産まれました。
水銀が入った液溜りと毛細管を使い、水銀柱の高さによって温度を表すものです。
最近は見かけることが少なくなりましたが、少し前まで使われていた温度計、体温計の原型です。
紆余曲折がありながら、水が凍る温度と水が沸騰する温度を基準にした温度が採用されました。
※温度計ができるまで、水が凍る温度や水が沸騰する温度が一定だということはわかっていませんでした。
ですから、それを基準と決めるまでには長い苦労があったのです。
セルシウス温度
私たちが使っているセルシウス温度(摂氏温度)は、スウェーデンの科学者 ”アンデルス・セルシウス” が考案したものが原型です。
温度によって水銀の体積が大きくなることを利用して、水銀柱の高さによって温度を表すものです。
そのとき、水が凍る温度を0℃、水が沸騰する温度を100℃として、その間を100等分したのが、セルシウス温度です。
セルシウス温度は物理的に意味があるのか?
セルシウス温度では、温度が高いものほど熱いことは間違いありません。
でもその温度は、物理的に定義されたと言っていいのでしょうか?
セルシウスの温度計は、水が凍るときの水銀柱の高さと、水が沸騰するときの高さに印をつけてその間を100等分します。
その1目盛の間隔が1℃です。
この目盛間隔の1℃にはどういう意味があるのでしょうか?
温度計の作り方からわかるのは、水銀の体積変化の割合を表したものが1℃だということだけです。
水温度計
そのことをわかりやすくするために「水温度計」を考えてみますしょう。
水銀の替わりに水を使い、水の体積変化で温度を測るものです。
実は、水は0℃~4℃の間は、温度が上がるほど体積が小さくなります。
この温度では、水温度計は使えません。
でも他の温度域では温度計として使えます。
そこで、10℃から90℃の範囲で使える水温度計を作ってみましょう。
水温度計の作り方
水銀と同じように、水溜まりと毛細管を使って水柱の高さで温度を測るようにします。
セルシウスの温度計で10℃を示すときの水柱の位置に印をつけます。
同様に、90℃の位置に印をつけます。
その間を80等分すれば、10℃から80℃まで測れる水温度計が完成します。
水温度計と水銀温度計の温度は一致するか?
この水温度計で読み取った温度と、水銀の温度計で読み取った温度は一致するでしょうか?
10℃と90℃では一致するように作っています。
でも、その間の温度では一致しません。
水銀と水では、温度による体積の増加の仕方が違うからです。
もし、水銀温度計の等間隔の目盛りと、水温度計の温度が一致するように目盛りを振ると、低温では目盛間隔が長く、高温では間隔が短くなるような目盛りになります。
逆に、水温度計で等間隔に打った目盛りと同じになるよう水銀温度計に目盛りをふると、目盛りの間隔が低温で短く、高温で長くなります。
さて、水銀で等間隔に打った目盛り、水で等間隔に打った目盛り、どちらが正しい温度なのでしょうか?
シャルルの法則を改めて考えてみる
シャルルは、セルシウスの水銀温度計を使って実験を行いました。
そして、その温度と気体の圧力、体積が直線関係になることを見つけたのです。
セルシウスの温度計は、水銀の体積変化を使ったものです。
シャルルが見つけたことは、「温度による水銀の体積変化と、気体の圧力、体積変化が直線関係にある」ということに過ぎないのです。
もし水温度計を使って実験していたら、直線にはならなかったところです。
当時の科学者の立場になってみる
セルシウスの温度計によって、熱い冷たい、暑い寒い、という感覚を数字で表すことができるようになりました。
ただ、その基準は水銀の体積変化です。
水銀という特定の物質の特定の性質に依存したものです。
物理的な意味がある数値とは思えません。
でもシャルルの法則が発見されると
「この温度、もしかしたら物理的な意味があるのかもしれない」
と興味を抱き始めるのではないでしょうか?
シャルルの法則以後の流れ
シャルルの法則発見後の流れを説明しておきます。
シャルルの法則は、水銀の体積変化を基準にした温度ではありましたが、気体の体積や圧力と直線関係にあるという定量的な結果が得られました。
これは、温度を物理的に考えるきっかけになりました。
そこから水銀温度計を使った実験や、温度に関する理論的な研究が進みました。
その中でも水銀の体積変化などという、特定の物質の特定の性質に頼らないように温度を定義することは、物理学者の大きなテーマでした。
シャルルの法則の逆の一面
水銀という特定の物質の体積変化と、全ての気体が近似的に従う体積や圧力の変化、どちらが物理的に意味がありそうなのか考えてみて下さい。
気体の方が主だと思いませんか?
気体の状態を表すPV=nRTという式が、温度Tの定義だと考えたくなります。
理想気体がPV=nRTに従うとして温度を決めて、水銀の体積変化はたまたまその温度と目盛り間隔が合っていた、そう考える方が自然な気がしませんか。
温度の定義は?
PV=nRTから温度を定義するというのは、実はいいところをついています。
ただ、これだけでは物理的な定義とは言えません。
科学者たちは、更に研究を進め、特定の物質の性質に頼らない温度の定義に成功します。
それを知りたい人は「熱力学」を勉強し下さい。
一応定義だけは書いておきます。
「温度とは、エントロピーを内部エネルギーと体積と物質量の関数として表して、内部エネルギーで偏微分した値の逆数」
知りたくなくなったかもしれませんね。
でも「温度とは何か?」の答えは、こんなややこしいものになるのです。