思考実験というものを知っていますか?
実際に実験や測定を行うことなく、頭の中だけで想像する実験のことです。
思考実験は、物理や哲学の分野でも大きな役割を果たしてきました。
科学の世界で行われた思考実験をちょっとのぞいてみましょう。
物理で一番有名な思考実験とは?
思考実験という言葉は、19世紀の物理学者 ”エルンスト・マッハ” が名付けたものです。
そのマッハが「偉大な歴史的な役割を果たした」と称賛したのが、”ガリレオ・ガリレイ” が行った落下の思考実験です。
重さの違うふたつの物体をひもでつないで落下させる、という簡単な思考実験から「重いものも軽いものも同じ速度で落下する」というそれまでの常識と異なる結論を出したものです。
詳しくは別記事に書きましたが、単純明快な思考実験で2000年ものあいだ常識とされていた考えを覆したのです。
≫≫ガリレオの落下実験 重いものも軽いものも同時に落下するのはなぜ?
これが、物理学で一番有名な思考実験ではないでしょうか?
生物は進化しない-ウッジャーの思考実験
思考実験に間違いがあった例として、イギリスの理論生物学者 ”ジェセフ・ウッジャー” が行った進化論に反する思考実験を挙げてみます。
ウッジャーの思考実験とは
ウッジャーの思考実験は以下のようなものです。
突然変異によって生存に有利な特質を獲得した生物が産まれたとします。
でも突然変異なので、その特質を持っているのは1匹だけです。
その生物に子供が産まれたとします。
すると、子どもは両親の特質を受け継ぐので、せっかくの生存に有利な特質が半分に薄まってしまいます。
その子供は、4分の1、そのまた子供は8分の1と、獲得した特質はどんどん薄まって、そのうち消えてしまいます。
「突然変異で発生した特性は、生存に有利なものでも消えてしまう」
”チャールズ・ダーウィン” の進化論を否定する結果になります。
それでも進化は起こる
ウッジャーは、冗談半分で広めたようですが、進化論の核心をつく問題で、進化論反対派の論拠にもなりました。
ダーウィンが「種の起源」を発表したのは1859年ですが、その後ダーウィン自身もこの問題に頭を悩ませていたようです。
実はこの思考実験の仮定には間違いがあります。
おそらく気づいた人もいると思います。
「子供が両親の特質を受け継ぐので、その特質が半分になる」
という仮定が間違いなのです。
遺伝に関する「メンデルの法則」を知っている人ならわかったはずです。
メンデルの法則では、特質が半分に薄まるということはありません。
もし優性遺伝であれば子供にそっくりそのまま特質が受け継がれます。
しかし、遺伝についての知識がない時代には、特質が半分になると当然のように思うのは仕方ないことだったかもしれません。
ちなみに、ダーウィンが四苦八苦しているときに、すでにメンデルの法則は発表されていました。
”グレゴール・ヨハン・メンデル”がこの法則を発表したのは1865年、種の起源の発表から6年後のことです。
しかし、この法則は多くの人に知られることなかったのです。
そして、その法則が再発見されたのが1900年、35年後のことで、それまで埋もれていたのです。
3人の学者がほぼ同時期に再発見し、同じ雑誌に論文を投稿するという面白い逸話がのこっています。
ダーウィンの進化論については異論もありますが、ウッジャーの思考実験を持ち出して反論する人はいなくなりました。
宇宙は有限-オルバースの思考実験
”ハインリッヒ・ヴィルヘルム・マティアス・オルバース” という長い名前の天文学者が唱えた思考実験を紹介します。
宇宙が無限なら、星の光によって星空がまぶしいくらいに明るく輝くはずというものです。
オルバースの思考実験
ひとつひとつの星から地球に届く光は小さいかもしれません。
でも、それが無限に集まれば光は強くなるはずです。
オルバースは星が一様に存在すると仮定して計算してそのことを示しました。
「オルバースのパラドックス」と呼ばれることもある有名な思考実験です。
オルバースは19世紀の天文学者ですが、オルバース自身宇宙は無限だと考えていたので、このパラドックスに固執しました。
無限でも暗い
ケルビン卿として知られる ”ウィリアム・トムソン” は、恒星の年齢からこの問題が解決できることを発表しました。
別記事でも紹介しましたが、ケルビン卿は星の年齢を若く見積もり過ぎていたのですが、考え方としては間違っていません。
夜空を明るくするほど、恒星はないのです。
≫絶対温度の単位Kに名を残したケルビンとはどんな人物だったのか?
ネットを見るとオルバースのパラドックスの解決として、色々な説明がされています。
実は、宇宙が無限であることと、宇宙が暗いことが両立できるとする理由は複数あります。
恒星の密度はまぶしくなるほど高くない、銀河間の距離が離れていて一様ではない、宇宙には始まりがあるのでそれ以前の光は届かない、宇宙が膨張しているからまぶしくならないetc.
「オルバースのパラドックス」は、一見正しく思えますが、それを避ける理由が沢山あるのです。
*恒星が重なっていることを考慮していない議論もあるので注意してください。宇宙からの光が無限大になると書いてあるものは、そのことが考慮されていません。
悪魔の思考実験
物理の思考実験として忘れてはいけないのが「悪魔」の思考実験です。
- 「未来はすでに決まっていて、人間の自由意志はない」というラプラスの悪魔
- 「永久機関を作ることが可能」というマクスウェルの悪魔
もし、超人的な能力を持った悪魔がいたら? という仮定することで、物理学に潜む問題点を明確にしたものです。
別記事でも紹介しましたが、ラプラスの悪魔、マクスウェルの悪魔ともに科学者たちを長年悩ませた大問題でした。
≫≫ラプラスの悪魔とは 未来は決定しているのか?意思によって変わるのか?
≫≫マクスウェルの悪魔とは何か? わかりやすく簡単な説明に挑戦してみる
思考実験がパラダイムシフトを起こす?
ここまで、有名な思考実験を紹介してきました。
でも思考実験が果たした役割は、こんなものではありません。
ここまで解説してきたのは、思考実験単体で有名なものです。
”ガリレオ・ガリレイ” は、思考実験の天才で落下速度だけでなく、ガリレイの相対性原理など、後世に残る多くの思考実験をしています。
”アイザック・ニュートン” が作り上げたニュートン力学と万有引力の法則も、ニュートンの頭の中で行われた思考実験のたまものです。
”アルベルト・アインシュタイン” の相対性理論も、アインシュタインの思考実験から生まれました。
思考実験単体が議論された例だけでなく、物理学上の大きな成果は思考実験によってもたらされたものが多いのです。
≫ガリレオの落下実験 重いものも軽いものも同時に落下するのはなぜ?