「台風〇〇号の中心気圧は、950ヘクトパスカルです」というように、天気予報で「ヘクトパスカル」と言葉が使われているのを耳にします。
「ヘクトパスカル」とは一体何を示しているのでしょうか?
なぜ「ヘクトパスカル」が使われているのでしょうか?
天気に関すること以外では聞くことのない「ヘクトパスカル」、その秘密を歴史をわかりやすく簡単に説明してみます。
ヘクトパスカルとは気圧を表す単位
「ヘクトパスカル」というのは、大気の圧力(気圧)を表す単位です。数値が大きいほど気圧が高く、小さいほど低くなります。
ヘクトパスカルの数字の目安
通常の大気圧は1000ヘクトパスカルを少し超えるくらいです。
標準の大気圧を表す「1気圧」が、約1013ヘクトパスカル(1013.25ヘクトパスカル)なので、これが通常の気圧の基準になります。
これより高い場合が「高気圧」、低い場合が「低気圧」という目安になるでしょう。
高気圧とは周囲より気圧が高い場合を指し、低気圧は周囲より気圧が低い場合を表します。
ですから、気圧の高低だけで高気圧、低気圧と判断することはできません。一応の目安と考えてください。
ヘクトパスカルは「ヘクト」と「パスカル」を合成したもの
ヘクトパスカルとい長ったらしい名前ですが、実は「ヘクト」と「パスカル」を合わせた言葉です。
そこで「ヘクト」と「パスカル」にわけて説明します。
パスカルとは
まずは「パスカル」からです。
パスカルと聞いて頭に浮かぶのは、「人間は考える葦である」で有名な哲学者 “ブレーズ・パスカル” ではないでしょうか?
ヘクトパスカルのパスカルは、まさに彼の名前が由来です。
ブレーズ・パスカルは、哲学だけでなく物理学者としても大きな功績を残していて、液体や気体の圧力に関する「パスカルの原理」の発見が有名です。
そのため「圧力」を表す単位に彼の名をとって「パスカル(Pa)」と名付けられました。
ヘクトとは100を表す接頭後
「ヘクト」は、100倍を意味する接頭語です。
ですから、1ヘクトパスカルは、100パスカルを意味します。
通常の単位で表すと値が大きすぎたり、小さすぎる場合によく接頭語が使われます。
大きい数値を表す時によく使われるのが、キロ(k)、メガ(M)、ギガ(G)などです。
キロが1000倍、メガが100万倍、ギガが10億倍を表す接頭後で、キロメートルやキログラムという一般的な単位にも使われます。
ちなみに小さい方は、1000分の1を表す「ミリ(m)」、100万分の1を表す「マイクロ(μ)」、10億分の1を表す「ナノ(n)」などが有名です。
このように、接頭後は単位によく使われますが、大抵1000倍、1000分の1を基準としています。
ヘクトを使う不思議
単位の接頭後は、1000単位でつけられるのが普通なのですが、気圧の単位ではなぜ100を意味するヘクトを使うのでしょうか? 1000ヘクトパスカルと呼ぶより100キロパスカルとか、0.1メガパスカルと呼ぶ方が自然な感じがします。実際に気象関連以外ではMPa(メガパスカル)が圧力の単位としてよく使われています。
100倍にすれば、大気圧が一桁でキリが良くなるのならわかります。でも大気圧は1000ヘクトパスカル程度です。
それなら普通にキロを使って100キロパスカルでいいように思えます。0.1メガパスカルでもいいでしょう。
実は気象以外の分野で圧力を表すときに一般的に使われている接頭後は「メガ」です。1気圧を約0.1メガパスカル(MPa)と表現するのが普通なのです。
しかし天気を扱うときだけ、一般的に使われないヘクトを使うのは不思議に思えませんか?
気圧の単位の歴史
大気圧にヘクトパスカルという他では使われない単位が使用されている理由は、気圧の歴史の中にあります。
そこで歴史を追って気圧の単位の変遷をみてみましょう。
気圧の単位その1:mmHg
1945年までは、気圧の単位として使われていたのがmmHGです。
現在でも「血圧」を表すときに使われているもので、ミリメートルヘイチジー、ミリメートル水銀と呼びます。
これは、気圧を測定する方法に由来した単位です。
下の図はトリチェリの実験と呼ばれるものです。
元々、真空を作り出すための実験だったのですが、そのまま大気圧の測定装置としても使えるものです。
≫≫トリチェリの実験とは? 真空を作り出すのに水銀を使った理由
図のように、片方を封じた管に水銀を入れ、ひっくり返して水銀に漬けます。すると、水銀の重さで管内の液面が下がります。
管の上部は真空で圧力ゼロ、菅以外の部分では大気圧がかかっています。その圧力差と水銀の重さが釣り合ったところが、液面になるのです。
その液面の高さを読み取れば、大気圧の大きさを測定できて、それをmmHgと呼んでいるのです。
地表では通常760ミリメートルくらいになります。
そこで、760mmHgを1気圧と呼び、大気圧の基準とするようになりました。
ちなみに、血圧の場合に今でもmmHgを使うのは、最近まで水銀血圧計を使っていたことによるものです。
1気圧は760mmHg、水銀柱の高さは760ミリメートル、76センチメートルになります。
図を見ると簡単そうですが、菅の長さは76センチメートル以上なければならず、かなり長いものです。
重たい水銀だからこの長さで済みますが、水を使うと10メートルにもなってしまいます。
気圧の単位その2:トル
トル(トールともいう)は、Torrという記号で表される単位です。
トリチェリの実験で水銀気圧計の発明者にもなった ”エヴァンジェリスタ・トリチェリ” の名前にちなんで名づけられました。
実は
実は、このTorrとmmHgは全く同じ単位です。
mmHgという水銀に依存しているような名称を避けるためか、ミリメートルエイチジーと長ったらしい名称が使いにくかったのか、単位の名前を変更したのです。
かつて工学の分野では、mmHgではなくTorrが使われていました。今はメガパスカル(MPa)が一般的です。
気圧の単位その3:バール
mmHgは「水銀」という特定の物質から得られるものなので、物理的な単位としてはふさわしくありません。
物理的な単位は、長さや重さ、時間などの基本単位を組み合わせて作ることが望ましいからです。
そこで、バール(b)という単位が作られました。
106 ダイン(記号: dyn、力の単位)の力が 1平方センチメートルの面積に働くときの圧力と定義されています。
長さ、重さ、時間の単位として、センチメートル、グラム、秒を使って表すものですが、1バールが1気圧に近くなるように、人為的に106をかけて作った単位です。
※1気圧は1.013バールになります。
天気図などで気圧の変化を表すときは、1.015バールというように少数点以下の数値で比較することになるため、バールの1,000分の1を示すミリバールを使って1,015ミリバールといった表し方をしていました。
気圧の単位その4:パスカル
その後、色々な単位を統一しようという動きが始まります。
国ごとに違った単位を使うと混乱するので、国際的に単位を決めることになります。
長さ、重さ、時間の単位として、メートル、キログラム、秒を使うMKS単位系を元にした、国際単位系(SI単位系)を使うことになりました。
SI単位系では、メートルなどの基本単位とそれらを組みあわせて作られた組立単位が決められていて、組立単位にはその分野で活躍した科学者の名前が付けられています。
その国際単位系では、圧力はパスカル(Pa)で表すことになりました。
なぜ気圧にはヘクトを使うのか
さて、いよいよ「ヘクトパスカル」の接頭語に「ヘクト」が使われるのか、その説明に入ります。
天気予報での大気圧の単位には長らく「ミリバール」が使われていました。
大気圧は1000ミリバールくらいです。
バールという単位に変わって、パスカルが推奨されることになりましたが、値が急に変わると混乱する可能性があります。
そこで、気圧がミリバールで表したときとほぼ同じ値になるように、パスカルの接頭語を決めたのです。
それがヘクトパスカルです。
ちなみに一般に物理で圧力を表すときは、パスカル、キロパスカル、メガパスカル、ギガパスカルなどを使いヘクトパスカルが使われることはありません。
単位の変更は、専門家であれば対応できたとしても、生活に密着して一般的に使われるものだと混乱を招きます。
天気予報は生活に密着していて誰もが気にするものなので、できるだけ混乱しないように配慮した結果が「ヘクトパスカル」なのです。
同じ圧力である「血圧」がいまだにmmHgのままなのも混乱を避けたいからでしょう。
ちなみに私はSI単位系に統一される過渡期を経験した世代ですが、随分混乱して苦労しました。一応専門家だったのに……