最近(ここ10年くらい)注目されている材料として「セルロースナノファイバー」または「ナノセルロース」と呼ばれるものがあります。
その特徴を並べると「夢の材料か?」と思うほどの特性を持っていますが、実は古くからあるものなのです。
そのセルロースナノファイバーの実態に迫ってみたいと思います。
セルロースナノファイバー(ナノセルロース)とは
まず、セルロースナノファイバーとはどんなものなのか簡単に説明したいと思います。
セルロースについて
セルロースナノファイバーには「セルロース」という名前が含まれています。
セルロースについては別記事『セルロースとは? 植物が生んだ万能材料』でも説明していますので詳しくはそちらをみて頂くとして、ここでは簡単な説明に留めておきます。
Wikipediaの「セルロース」の項をみてみましょう。
セルロース (cellulose) とは、分子式 (C6H10O5)n で表される炭水化物(多糖類)である。植物細胞の細胞壁および植物繊維の主成分で、天然の植物質の1/3を占め、地球上で最も多く存在する炭水化物である。繊維素とも呼ばれる。自然状態においてはヘミセルロースやリグニンと結合して存在するが、綿はそのほとんどがセルロースである。
難しい言葉が並んでいますが「植物細胞の細胞壁、植物繊維の主成分」で「天然の食物質の1/3を占め」ているものです。
植物の3分の1がセルロースで形成されているのです。
野菜や果物に含まれているセルロースは「植物繊維」と呼ばれますし、木材に含まれているセルロースは「パルプ」として紙の原料になっています。
そして「綿」の正体もセルロースです。
セルロースは、紀元前から利用されていた古い材料なのです。
ナノファイバーとは
ナノファイバーの「ナノ」は、10億分の1を示す言葉で、非常に小さいという意味でよく使われます。
セルロースナノファイバーのナノは、ナノメートル(10億分の1メートル)を表していて、ナノメートルオーダーの繊維(ファイバー)をナノファイバーと呼んでいます。
ですから、直径が1~100ナノメートルの繊維がナノファイバーなのです。
直径が100ナノメートルという太めのナノファーバーでも、髪の毛の太さの1000分の1程度と非常に細い繊維です。
自然界にあるナノファイバーとしては、アスベストが太めのナノファイバーになります。
≫≫アスベストとは何?特性と有害性から問題点をわかりやすくまとめてみた
セルロースナノファイバーの製造法
パルプや綿の繊維の直径は、数十マイクロメートルで髪の毛の数分の1程度です。
実は、パルプや綿の繊維はもっと細い繊維が集まったものなのです。
綿の繊維を束ねて糸にしますが、綿の繊維自体ももっと細い繊維を束ねた糸のようなものだったです。
これを、ほぐすことでセルロースナノファイバーになります。
簡単そうに言いますが、簡単にほぐすことができなかったので、今まで利用できませんでした。
現在では、セルロースナノファイバーにほぐす方法がいくつか提案せれていて、実用的な価格で製造できるようになっています。
身近にあるセルロースナノファイバーとして「ナタデココ」があります。
パルプなどをほぐすのではなく、微生物が直接セルロースナノファイバーを作ったのがナタデココです。
セルロースナノファイバーの特徴
セルロースナノファイバーの特徴をいくつか解説してみます。
軽くて丈夫
セルロースナノファイバーは、軽くて丈夫なことが大きな特徴です。
「鋼鉄の5倍の強さ、5分の1の軽さ」とよく言われます。
これは高強度繊維として知られる炭素繊維やアラミド繊維とほぼ同じです。
ただ、この強さは、セルロースナノファイバー1本の強さなので、炭素繊維やアラミド繊維の強度とは違うことには注意が必要です。
ですから、炭素繊維やアラミド繊維のような使い方はできません。
ナノレベルというごく微少な繊維という特徴を活かした使い方をするものです。
透明である
セルロースナノファイバーの中でも特に細い、数ナノメートルの繊維は透明になります。
これは、目で見える可視光線の波長よりはるかに小さいので、光が素通りするためです。
このようなセルロースナノファイバーをフィルムにしたものは、透明フィルムになります。
セルロースナノファイバーが一気に注目されたきっかけは、この透明性にありました。
ただのセルロースをフィルム状にしたのが、セロファン(セロハン)ですが、セルロースナノファイバーのフィルムはセロファンよりもはるかに高強度です。
増粘性とチクソ性
セルロースナノファーバーは、液体と混合すると粘度が上がる増粘性が高いという特徴があります。
また、チクソ性といって力が加わった時には水のように流れて、力がかからないときは非常に粘度が高くなるという特性があります。
セルロースナノファーバーを混合した液体はこのチクソ性が高くなるという特徴があります。
※チクソ性については別記事でも説明しています。
セルロールナノファイバーの用途
セルロースナノファイバーには、このような特殊な特性があるので多くの分野での利用が考えられています。
その用途の一部を紹介してみましょう。
プラスチックの強化剤
プラスチックは、金属に比べて軽くて錆びないという特徴を持っていますが、硬さや強度では金属に劣ります。
そのため、工業的な用途ではガラス繊維や炭素繊維で補強したプラスチックが使われています。
この補強材として、セルロースナノファイバーが使われ始めています。
ナノレベルの大きさの補強材を使うと
- 少量の添加で高い効果が表れる
- 繊維が折れないのでリサイクルができる
という大きな利点があるからです。
このような材料はナノコンポジットと呼ばれ昭和の時代から研究されてきましたが、用途が限られていました。
セルロースナノファイバーは、このナノコンポジット用補強材として理想的な特性を持っています。
そして、手間がかからず安い方法で複合材料を作る技術も開発され、少しずつ用途が広がっています。
透明補強フィルム
セルロースナノファイバーの透明性と強度を活かして、透明で高強度のフィルムを作ることができます。
ガラス並みの硬さと透明性をもった、軽くて割れない材料です。
ディスプレイなどの光学材料への応用が期待されています。
増粘剤
増粘性とチクソ性を活かした応用も進んでいます。
セルロースナノファイバーを水との相性をよくするように改質した材料は、保水性があり、チクソ性によって力を与えて塗るときには液体で、塗った後形を保つという特性を持っています。
そのため、化粧品などへの応用が始まっています。
また、食品添加剤としても認可されているので、ゼリーや乳製品、アイスクリームなど多くの用途で使われ始めています。
元が食物繊維だと考えれば、他の食品添加剤より抵抗感が少ないのではないでしょうか?
セルロースナノファイバーの安全性
セルロースナノファイバーは、毒性のある物質ではありません。
物質自体は、私たちが普段食べている野菜などに沢山含まれているもので、食物繊維として摂取が推奨されているほどです。
懸念があるとすれば、アスベストと同様の有害性です。
アスベストも物質自体は普通の石と同じで毒性があるものではないのですが、その形状のせいで吸い込んだときにがんを誘発します。
≫≫アスベストとは何?特性と有害性から問題点をわかりやすくまとめてみた
このような前例があるので、セルロースナノファイバーの有害性はよく調べられていますが、現在のところ健康被害につながるデータは出ていません。
また、セルロースナノファイバーは、アスベストと違って単体で扱うことはありません。
何らかの液やプラスチックに分散されていて、そこからセルロースナノファイバー自体を取り出すこともできません。
ですから、もしアスベストのような危険があったとしても(少なくともアスベストよりは格段に安全なことはわかっています)、空気中に浮遊したセルロースナノファイバーを吸い込むことはあり得ないので、安心して使うことができます。
最後に
セルロースナノファイバーが期待されているのは、性能だけではありません。
自然由来という大きな利点があります。
原料は再生可能な木材などの植物ですし、物質自体は植物を形作っているものと同じなので、生分解されて自然に帰ります。
草食動物なら食べて栄養にすることができるようなものです。
このようにエコであることが、大きな期待を寄せられている要因のひとつなのです。